第11話

白鳥夏というペンネームを見たとき女性作家だと思い込んだ。

内容も、情景描写よりも心理描写のほうが丁寧に書かれていたため、女性的だったからだ。


だけど初めて会った白鳥夏は男だった。

たじろぐほどにキレイで、冷たい印象を持つ男。

デビューが決まったと電話で説明したときも、昌也の反応は薄かった。


「あぁ、そうですか」

たったそれだけ。

普通プロの作家になれるとなると電話口で大騒ぎをする人がほとんどだ。

だけど昌也はそれをさも当然のように受け取った。

それから今日まで二人三脚でやってきたつもりだ。


それが、こんなことになるなんて。

「それではダメです」

アナウンスが無常に告げる。

やっぱりダメか。

がっくりとうなだれる早紀。


けれど昌也に短編を書かせてみたいという気持ちは前々から持っていた。

今はサクッと5分ほどで読み終わる作品が人気だ。

活字が苦手な人でも手に取りやすく、イラストも入っているため子供でも抵抗が少ない。


昌也が短編を書き始めれば、今まで出版した単書の売り上げも伸びるかもしれない。

「ちゃんと命令して」

睨みつけられて早紀は大きく息を吸い込んだ。

これはもう覚悟を決めるしかなさそうだ。


男の人に。

それも年上の自分の担当作家に、性的なことを命令するときがくるなんて思ってもいなかった。


「そう……ね。それじゃ……」

口の中でモゴモゴと言う。

さっきまで人見知りしてしゃべれなかった昌也と立場が逆転してしまっている。

「わ、私に触って!」


ギュッと目を閉じ、恥ずかしさを押し殺して思い切って命令した。

静けさに包み込まれて不安になって目を開けると、少し意地悪様な顔で見つめてくる昌也の顔があった。


さっきまで怒っていたのはどこへやら、今は口角を上げて楽しんでいるようにも見える。

嫌な予感がして咄嗟に横へ逃げようとしたが、昌也の両腕が早紀を逃がさないように伸びてきて、壁に手をついた。


「いいの?」

顔を近づけてささやくように言われると、耳まで真っ赤になってしまう。

昌也をここまで近くに感じたことは、もちろんなかった。

「し、仕方ないでしょ? 言われたとおりにしないと、爆発するかもしれないんだから」


早口で言うと、昌也は「じゃあ遠慮なく」と、手を伸ばしてきた。

右手が早紀の腰に触れる。

緊張して固まってしまう早紀をよそに、腰に触れた手は徐々に下へと降りていく。

スーツのズボンの上から太ももをなでて、左手は早紀の首筋に触れた。


昌也の熱がどんどん早紀に流れ込んでくるようだった。

空間はとても静かで2人の息遣いしか聞こえてこない。

そして左手が先の胸のふくらみにそっと触れた。


早紀は咄嗟に目を閉じて身構えた。

昌也の左手は軽くなでるように胸の上を移動し、すぐに離れていく。

早紀の心臓は今にも爆発してしまいそうなくらいに早鐘を打っていたが、昌也の体温が離れていく瞬間、そのぬくもりを追い求めてしまいそうになった。


そんな自分に驚き、目を見開く。

昌也は早紀から身を離していた。

「これでよかったみたいだな」


どうやらアナウンスでOKが流れたようだけれど、それにも気がつかなかった。

ホッと安堵すると同時に残念な気持ちも過ぎって早紀は慌てて左右に首を振った。

名残惜しいだなんて、なにを考えているの。

自分の考えを必死でかき消している早紀を、昌也は無言でジッと見つめていたのだった。


そしてアイドルとマネージャーの番になっていた。

香澄はさっきからモニターに釘付けになって他の4人の様子を見つめていた。

こんな過激なものを見せても大丈夫かと京一は不安になる。


「困ったな、香澄はまだ19歳だ。手出しなんてできない」

京一は頭をかいて呟く。

といっても京一もまだ27歳で、まだまだ若く男らしい。

京一と香澄が恋人同士だと説明されても、違和感はなかった。


「もう、19だよ?」

そう言われて香澄を見ると、もうその目に涙は浮かんでいなかった。

真っ直ぐに京一を見つめている。

その目に京一のほうがたじろいでしまいそうになる。

「今より全然人気がないとき、ファンに足を掴まれてこけたこと覚えてる?」


「あぁ」

それは京一が香澄ひとりをスカウトして2年が経過したときのことだった。

香澄はあの時まだ17歳だった。

いつもどおり低いステージでのライブ中、ファンのひとりが踊っている香澄の足首を掴み、転倒させたのだ。


ステージ上で思いっきりこけてしまった香澄は泣くことも忘れてそのファンを睨みつけた。

その時咄嗟に京一がかけつけて、抱き起こしながら「泣け」とささやいたのだ。

それで我に返った香澄はボロボロと涙をこぼしはじめた。


会場中は香澄の涙に沸き、香澄をこかせたファンはそのまま退場することになった。

後で関係者の人間に聞いた話だと、そのファンは香澄の嘘泣きを暴いてやるつもりでライブを見にきていたと判明した。


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