第10話

「次は編集者さんと作家さんです。前回と同様、社長さんペアよりも過激なことをしてください」

アナウンスの声がして早紀は大きなため息を吐き出した。


一体誰が自分たちにこんなことをさせているのかわからないが、相当に悪趣味だということだけは理解できる。

あの、社長と秘書という2人はみるからに相思相愛だ。


だから呼び捨てやキスでもすることができる。

でも自分たちは違う。

寡黙な作家と編集者というただそれだけの関係で、それ以上ことなんてありえないと思って仕事をしてきた。


中には、作家から原稿を受け取るために恋愛関係になる編集者もいるようだけれど、自分はそんなやり方はしない。

ちゃんと分別をわきまえて仕事をしてきた。


「どうすんの?」

冷たい声が聞こえてきて振り向くと昌也がこれまた冷たい視線を向けてきていた。

まるで他人事のような態度に少しいらだつ。


しかし昌也相手に、あの社長と秘書のように相談してうまく行くとも思えなかった。

とにかく昌也は他人に無関心で殻にこもっているのだから。

そんなのでよく人情深い作品が書けるものだと感心する。


「キス以上のことをしないといけないんだろ?」

「そうだけど、そんなのできないでしょう」

「できるよ」


昌也がスラリと言い放ったので早紀は目を見開いた。

「俺もう29だし、中野さんだって未経験ってわけじゃないんだろ?」

「それは、そうだけど……」

早紀は今年で26歳だ。


今彼氏はいないが、肉体経験がないわけではない。

「それなら簡単じゃないか」

昌也はそう言うと早紀に近づいてきた。


その距離だけ後ずさりをしてしまう。

昌也がまた近づいてきて、後ずさる。

それを繰り返しているうちに背中に壁がくっついてしまった。


もうこれ以上は逃げられない。

今は昌也の整った顔が目の前にあって、視線をそらせてしまう。

「ちゃんと命令して」

「命令って、言われても……」


声が震えた。

このまま足から崩れ落ちてしまいそうだが、なんとか力を込めて立っている状態だ。


「ほら、中野さんが命令しないと進めないよ?」

それはわかっている。

でも、キス以上のことを命令するなんて考えられない。


私はそんな編集者じゃない!

「次は短編にもチャレンジしてください」

焦った早紀の口から出たのはそんな言葉だった。


目の前に立つ昌也がキョトンとした表情になる。

モニターの向こうにいる4人も早紀の言葉に戸惑っているようだ。

「なにその命令」


昌也の目が少しだけ釣りあがる。

整った顔で起こられると全身がいてついてしまいそうになる。

でも、これくらいしか言うことができなかった。


昌也の作品をネットで見つけたときの興奮を思い出す。

ネット上の人気や、小説を投稿するサイトのランキングなど関係なく新人を発掘したいと考えた早紀は何ヶ月も作品を読み漁っていたのだ。


そしてようやく見つけた昌也の作品は読む者の心をひきつけて離さなかった。

今人気の作品はファンタジーものがおおいから、ホームドラマ的な昌也の作品は埋もれてしまっていたのだ。


だけど見つけた。

私が見つけた。

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