第7話

特に香澄が苦手だと言っていたサビに入る前の振り付けはほぼ棒立ち状態だ。

そしてサビにはいるとまた踊りだす。

「やっぱりちゃんと覚えられてないじゃないか」


最後まで踊りきった香澄はしょぼれくれて俯いている。

ここで確認しておいてよかったと京一は胸を撫で下ろしていた。

「ごめんなさい」


「発売までには、ちゃんと仕上げてこいよ」

「わかってるよ」

京一の言葉に涙目になる香澄を見て、であった当時のことを思い出していた。


デパートの地下にある狭いイベント会場で、香澄は低いステージの上に立っていた。

客数は少なく、両手で収まるくらいしかいない。

そんな中、香澄はアップルという3人グループで活動していた。


みんなまだ中学生か高校生くらいで、香澄は15歳だった。

少ない客の前で一生懸命歌って踊る売れないアイドル。

そんなの日本中に溢れかえっていて珍しいものではなかった。


どうにかして新しいアイドルを育成しようと考えていた京一は全国を駆け回り、地元アイドルたちを見学していた。

でも、今回も不発だ。

ダンスも歌も未熟でとても見ていられない。


これじゃ客入りが乏しくて当然だし、ここから育成するのは至難の業だと感じた。

アイドル業界だってそんなにぬるい世界じゃないんだ。

また他のアイドルを見つけるために会場を後にしようと、ステージに背を向けた。


そしてドアを開けたその瞬間だった。

会場内にいる全員がワッと歓声をあげた。

といっても少ない人数がさざめいたくらいなものだった。

京一は思わず足を止めて振り向いていた。


ステージの上でメンバーのひとりがうつぶせになり、泣いている。

他の2人が慌ててかけつけて声をかけている。

なにがあったんだ?

ちょうど見ていなかった京一は、また会場の真ん中へと戻っていった。


「どうしてこんなところに紐があるの」

泣いている子がマイクを持ったまま文句を言っている。

見てみるとステージ上にスピーカーに続いている線が伸びているのがわかった。


普通あんなところにはないはずなのに。

どうやらその子は線に躓いてこけてしまったみたいだ。

だからって、泣くか?


その子はひとり文句を言いながらもボロボロと泣き続けた。

大きな目からこぼれ落ちる涙に会場内は更に熱気を増していく。

それが彼女の芸のひとつなのだとわかったときにはもう、京一はライブ終わりの彼女に声をかけていたのだった。

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