第6話

昌也の冷めた目を見ていると、初めて会ったときのことを思い出す。

今でさえ昌也がひどい人見知りだということを知っているから大丈夫だけれど、人を刺すような視線をはじめて見たときは氷ついてしまった。


おまけに話べたということで、会話はあまり続かない。

早紀が始めて昌也の原稿を受け取りに行ったときもそうだった。

「ん」


出来上がった原稿をそれだけ言って突きつけてきたのだ。

早紀と視線を合わせることもなく、『よろしくお願いします』の一言もなかった。


昌也の冷たさにとまどいながら受け取った原稿は、昌也の態度とは大違いで暖かな物語だった。

最後まで読んで、思わず泣いてしまったほどに。


それから2年ほど一緒に仕事をしていて、ようやく昌也という人間を理解してきたところだった。

早紀は昌也へ向き直った。


今回のこの状況はちょっとしたチャンスになるかもしれない。

「指示に従ったほうがいいと思うので、命令させてもらってもいいですか?」

丁寧に質問すると、昌也は一瞬眉を動かした。


早紀がなにを考えているのか読めないようで、戸惑っているしるしだ。

「夏先生」

あえて作家名で呼ぶ。


昌也の目が少しだけ見開かれる。

「締め切りをちゃんと守ってください」

早紀の言葉に昌也は唇を引き結び、視線をそらせた。


「一冊目が売れたからって、少し気が緩んでいるんじゃないですか?」

更に詰め寄ると、昌也はモゴモゴと口の中だけでなにかを言った。

しかし聞こえてこないから言っていないも同然だ。


「聞こえません」

キッパリ言い切ると、昌也はゆっくりと顔を上げた。

恐ろしいほどに整った顔。

細い手足はスラリと長くてモデル顔負けのスタイル。


元々色素が薄い茶色い髪の毛はゆるいくせっ毛で、まるで猫を彷彿とさせる。

思わず見とれてしまいそうになり、左右に頭を振った。

なにを考えているの!

今はそんな時間じゃないはずだ。


「わかった。気をつける」

ぶっきらぼうだけれどちゃんとした返事があった。

早紀はホッとして微笑む。

これで昌也はこれからちゃんと締め切りを守ってくれるはずだ。


もう少しまってほしいと、編集長に頭を下げなくてもよくなる。

命令もこれでよかったようで、次はアイドルとマネージャーの番になった。

ジャンケンに勝ったのはマネージャーのほうだったはずだ。


「じゃあ、今ここで新曲の振り付けをしてみて」

マネージャーの京一は途端に仕事のときの表情になり、香澄へそう言った。

油断していた香澄は「え、あ、振り付け!?」と、慌てている。


新曲といってもメジャーデビューではない。

相変わらず自費でCDを作成して手売したり、ネットにアップしてみてもらうくらいなものだ。


でも今の時代はネット発の新人はとても多い。

歌手やアイドルだけでなく、白鳥夏のような小説家だってネットから発掘されたりする。


馬鹿にできたものではなかった。

「十分練習したんだろう? それならできるはずだ」

京一のするどい視線に逃れられないと判断した香澄は渋々リズムを取り始めた。


今香澄の頭の中では発表前の新曲が流れているはずだ。

そしてその曲に合わせて踊りだす。

出だしは香澄の表情にも自信があってよかったが、曲が進むにつれて動きが鈍くなっていく。

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