#23

「製鉄の過程で色んな性質の鉄が作られる、だと?


 小僧、それはどういうことだ?」




「今更俺が、一般に知られていないことを知っていたからって、驚くにあたいする何かがあるのか?」




 そもそもこの世界、製鉄技術は鍛冶師ギルドの秘匿ひとく事項である。つまり、鍛冶師ギルドが存在しなければ、この世界の技術レベルは前世地球の青銅器こだいヒッタイト時代のレベル、ということになる。


 と考えると、「なぜそれを知っている?」と問われても、俺にしてみれば『今更そんなことを言われても』、としか言いようがない。




「そんなことはどうでも良い。『製鉄の過程で色んな性質の鉄が作られる』ってことがどういうことかって聞いてるんだ」




「……え? そこから?


 まず鉄鉱石を、木炭を燃やした炉内で高温と風にさらしてかし、それを再び冷却することで、硬いけどもろ銑鉄せんてつ(硬鉄)が出来上がる。


 それをもう一度炉内で熔かすと、柔らかいが強い、鍛鉄に向く錬鉄(軟鉄)が作られるんだ。




 これを知らなかったってことは、多分はがね(刃金)の錬成は滲炭しんたん法でしていたんだと思うけど、単純に銑鉄と錬鉄の中間が鋼鉄だから、そんな二度手間を考える必要もないよ」




 この世界の製鉄技術が思った以上に遅れていたことで、ちょっとショックを受けながら、けれどここまで来たからには仕方がない、とあきらめ、鍛えてもらう予定の小剣(俺はグラディウスをイメージしているが、この結果全く別のものになるかもしれない)について、木の棒と粘土を持ち出して説明した。




「剣は、その打撃力を攻撃力に転嫁てんかする。打ち込んだとき衝撃を受ける一点が、衝撃に負けないくらい強ければ、その衝撃力が打撃力になって相手を損ねる。


 つまり、剣は直角に目的物にぶつかることが理想的であり、剣はそれを想定して構造を収束させている。


 だからこそ、で斬りなどは斜め――それも剣の根元から切っ先へ――に衝撃がかかるから、それを跳ね返すもへったくれもない、ということになる」




 そこで木の棒の裏側に粘土を付けて説明を続けた。




「けど、このように刃の裏側に衝撃を吸収する柔らかいものを置いておけば、その無駄な応力は全て吸収し、その一方で無駄な力が刃に残らないから、撫で斬るその力だけが残る。ただ当然、その柔らかい物の更に背後にその衝撃を受け止める硬さの物を置いておかないと、折れも曲がれもしなくても、刃筋が伸びて使い物にならなくなるけれどね」




 そう言いながら、木の棒の裏側の粘土をサンドイッチする形で、鉄の板を付けてみた。




「この木の棒が、刃に位置する鋼、粘土が、衝撃を吸収する為の錬鉄、そして背の部分の鉄が、文字通り背骨になる銑鉄、とすれば、親父のイメージする……つまり俺のイメージする剣が出来上がるはずだ」




「鉄と複数の金属を合わせて合金とするのではなく、全く違う鉄を重ねることでそれぞれの長所を最大限生かした刃にする、か。


 成程なるほど面白い。色々と試してみよう」




◇◆◇ ◆◇◆




 【リックの武具店】を出てから、俺は「やっちまった、かも」と内心頭を抱えていた。


 おそらく、製鉄技術が鍛冶師ギルドの秘匿事項となっていた為、技術競争がなく、結果技術革新が起こらなかった弊害へいがいだろう。この世界では鉄といえば銑鉄を指し、また武具の為に滲炭法を用いた鋼鉄が使われていた。錬鉄などは、その必要性に思い至りもしなかったということだ。


 勿論もちろん、この時代の技術力では高炉の建設などは無理だろうが、技術革新が行われなかった為文明の進歩も止まってしまっている。原因は、魔法だけではなかったのだ。




 これは遠からず、鍛冶師ギルドと対決する必要がある、と考えながら街を歩いていると。




「アレク君!」




 近くの店から声がした。




「えっと、ミラさん、ですよね」


「そおよ。どうしたの? 難しい顔して」


「いえ大したことはないんですけどね」




「そ? なら良いんだけど。


 ところで丁度よかったわ。キミとの賭けに使う服が出来上がったの」




 確かにそれは、タイミングが良い。そう思って【ミラの店】にお邪魔した。




「これがその服よ」




 ミラさんが出してきた服は、何というか……




「俺は女性服にはあまり詳しくないですが、随分簡素シンプルですね」




「そうね。可能な限り無駄を省いたから」


「一応理由わけを聞いても良いですか?」


「難しい話じゃないわ。


 キミとの賭けの内容を良く検討してみたら、私が勝ってもうちには何のメリットもないのよね。


 逆に、キミが勝ったらそのメリットは計り知れない。




 ならこれは、賭けじゃなく試験テストだわ。


 その内容は、特定の衣服を量産出来るかどうか。


 なら意匠デザインや縫製技術で難易度を高めても仕方がないでしょ」




「理解が早くて助かります」




 参った。ここまでこちらの思惑を読まれているとは。




「ただ、こちらからも追加の要求があるけど」


「何でしょう?」




 すると、ミラさんはセラさんより年長に見える女性を呼んできた。




「このを連れて行って。で、作業の全部を余すところなくこの娘に見せること。それが追加の条件よ」


「オリベです。店長の命令でキミに付いて行くことになりました」




「了解です。はじめまして、アレクです。


 けど良いんですか? 行く先は孤児院ですよ?」


「構いません」


「わかりました。ではどうぞ」




 そして、俺は今日初めて会った女性を伴い、孤児院への道を歩くことになった。




◇◆◇ ◆◇◆




「良いんですか? 孤児院なんて、あまり良いものじゃないでしょう?」


「『構いません』と言いました。


 それよりも、貴方は私たち針子の仕事を奪って孤児たちにさせようとしていると聞きました。針子の仕事がそんなに簡単なものではないと知るでしょう」


「……成程なるほど。そういう懸念でしたか。




 実はね、これは孤児たちの職業訓練の一環でもあるんですよ」


「職業訓練?」


「そう。孤児たちが院を出た後、針子見習いとして雇ってもらえれば良いと思っています。


 孤児たちは、貴女たちとは違ってその生まれを保証する実家はありません。


 けれど、全く手習いの仕事しか出来ない娘を針子見習いとして鍛えるより、ある程度技術を持った娘に更に専門的な技術を教える方が、店主としては効率が良いでしょう?


 今回の一件は、そのデモンストレーションととらえています」




「でもんすとれーしょん、ですか」


「ええ。ですからこの期間中、院生たちは貴女に色々なことを聞くでしょう。技術的なことも多く質問すると思います。


 貴女さえ良ければこの数日、たくさんの弟子を持ったと思って色々教えてあげてください。


 一方貴女も、俺がこれからもたらす色々なことを学び取ってください。


 それは絶対、貴女の今後のかてになりますから」




「貴方は一体、何を齎すのでしょう?


 店長が興味を持ったように、私も興味を持ちました」




「手始めに。


 『織部オリベ』っていうのは、昔の言葉で『生地や衣服を作ることを生業にしている人』を指すのだそうです。


 また遠い国の言葉で『名はたいを表す』ともいます。


 貴女はまさしく、『織部』ですね」

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