#4

カナン暦695年正月。


 この世界では数え年で年齢を計算する為、この正月で俺も晴れて10歳になった(満年齢ではまだ8歳だが)。




 火、水、風、土、の「精霊神」をまつる四つの精霊神殿が、合同で行う「加護の儀式」。この年に10歳になった子供たちは、皆ここでいずれかの精霊神の加護を得る。




 ただ、俺は確信があった。俺はどの精霊神からも、加護を得られないであろう、と。


 果たして、その通りであった。




 他の国では知らないが、この国(フェルマール王国)では、貴族に生まれた子供が加護を得られないことは、まずありえないのだという。


 平民でも8割以上の子供は加護を得る。


 一方で貧民街スラムの子供は、その多くが加護を得られないことから、「精霊神は、高貴な者に対し好んで加護を与える」と考えられている。逆に、「精霊神の加護を得られないのは、その者が低俗下劣であるからだ」といわれ、精霊神の加護がないことを理由に廃嫡したり、就職を断ったりすることは、所謂いわゆる差別には該当しないということになっている。




 当然、俺もそうなった。


 庶子だから初めから家督の継承権はないが、屋敷に住み続けることさえ許されず追放された。


 もっとも、「加護なし」は父にとってはいい口実だったようだ。知識と理解力では正妻の子らを遥かに勝り(それどころか伯爵である自分自身を言い負かすほどの知恵者で)、今後剣や魔法でもその差を見せつけられること想像に難くない、となれば、早めに家を追い出す方が良い。




 けど、使用人メイドたちとは良好な関係にあった為、メイドの一人がある引退した騎士の下に紹介状を書いてくれたので、その騎士を訪ねることにした。




 老騎士は元冒険者であった。


 数々の冒険の果てに、国から騎士爵位をたまわり、数度の戦役で活躍したのち引退し、かつての戦友であった辺境伯(アレクの祖父)の領内の一角にいおりを築いて悠々自適の生活を送っていたのである。


 その為老騎士の戦い方は、戦場での騎兵戦のみならず、泥臭い歩兵の戦い方、街中での暗殺者との戦い、平原で冒険者ならずものとの野試合、人間ならぬ魔物との戦い、その他多種多様の戦いを経験していた。それを、彼は俺に授けてくれたのである。




 が。


 ひとつだけ、彼にしかられたことがある。幼少期から続けてきた、素振りの仕方である。


 俺の素振りは「撫で斬る」為の振りであり、ソードの「叩き斬る」為の振りではなかったのである。


 俺の素振りは前世居合道の素振りを真似たもの。つまり、「日本刀で撫で斬る」ことが前提の素振りであった。


 もう既に型として成り立ってしまっている以上、この「ゆがみ」(老騎士はそう認識した)を矯正きょうせいすることは難しい。それくらいならむしろ、曲刀シミターなどを主武器とすることを考えた方が良い、とアドバイスされた。




 どちらにしても、子供の筋力では剣の威力などたかが知れる。ならある程度成長するまでは小剣ショートソードを使い、成長するまでにお金を貯めて、成長したら日本刀(に類する刀)を専用に鍛えれば良い。そう割り切ることにしたのである。




 またその一方で、独学でいくつかの魔法を研究した。


 精霊神の加護がなくても使える、共通魔法。冒険者に必須の亜空間インベン収納トリーも、【生活魔法】に分類されている。けど、それを研究した者はいない(インベントリーに関しては、既に研究され尽くされているというべきか)。その他の共通魔法も、前世地球の知識に基づいて分析すると、色々研究の余地があることがわかる。




 研究の対象としたのは、別に共通魔法だけではない。むしろ、無属性魔法の研究をこそこの2年間の魔法研究の本旨としていた。


 無属性魔法は「物を動かす」魔法。魔法は「術者のイメージによって構成される」。なら、動かす「物」は、目に見える大きさの単一物体でなければならないと誰が決めた? 例えば砂の塊。同種複数の集まり(群体)を、一体の物と見做みなして操作することは可能か? もっと小さく、液体分子や気体分子、更にはその運動そのものを操作出来れば、水や風を操り、加熱や冷却さえも無属性で実現出来るのでは?




 無属性魔法は、「精霊神の加護を受けることが出来ず、その為属性魔法が使えない人が使う魔法」と定義されている。それ故、無属性魔法そのものを研究する人は全くいない。


 誰も研究しておらず、その為誰も知らない「無属性魔法」。極めることが出来れば、間違いなく最強の武器になる。




 そんなこんなで2年が経ち、カナン暦697年春。


 老騎士に卒業の認可をもらえた俺、アレク(ただのアレク。家名はない)は、庵を辞して、近くにある『冒険者の街』ハティスに向かったのである。

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