第一章 駆け出し冒険者は博物学者

#1

 『冒険者の街』ハティス。この街を開拓した、初代町長の奥方の名前が「ハティ」だったので、「ハティの街」の意味でこの名を付けた、のだろうか。


 俺の前世で縁のあった「ハティスの街」の名称の由来を思い出し、それと同じ名を持つ街にくだらないことを考えながら入っていった。




 その足で、まずは冒険者ギルドを目指す。さすがに『冒険者の街』を謳うたうだけあり、すぐに見つけることが出来た。そして、近くのカウンターに向かった。




「すみません、冒険者として登録したいのですが」


「登録は初めてですか? 名前と加護属性を教えてください。字は書けますか? 登録料は小金貨1枚必要になりますが、宜しいでしょうか?」




 と、受付のお姉さんギルドのうけつけじょうが矢継ぎ早に畳み掛けてきた。名前はアレク、加護属性はなし、字は書ける。答えながら登録料を支払った。




 登録だけで小金貨1枚(普通の金貨の十分の一の価値で銀貨10枚分)とは、さすがに高くね? と一瞬思ったが、むしろ金貨1枚の価値が思った以上に低かったと考えるべきなのだろう。


 実際、後になってわかることだが、最下級の宿(所謂いわゆる「木賃宿」)が一泊小金貨2枚、来訪者向けに売られているパンが一個で銀貨1枚、貧民街スラムにほど近いパン屋が売っている一番安いパンが、銅貨1枚(銀貨の百分の一、小銀貨の十分の一の価値)となると、(物価の差異はあるが、基本的に)銅貨1枚=イコール1円、金貨1枚=1万円、というのが簡単な換算レートと考えるべきであろう。つまり、ギルド登録料1,000円と考えるとそれほど高くはない。




 俺が家を放逐ほうちくされるとき、父は(それが貴族の体面か、それとも憐あわれみか、はたまた手切れ金のつもりなのかは知らないが)金貨20枚を寄越した。だから小金貨1枚程度ならふところは痛まない。




 お姉さんは加護属性がないといった時にちょっと眉をひそめたが、それ以上動じず淡々と登録処理を進めていった。




「ギルドのシステムについては説明が要りますか?」


「一応は勉強してきました。ギルドランクはEから始まりD、C、B、A、と上がり、一番上はSランク、ですよね。で、受注出来るクエストは現在ランクまで。そのランクのクエスト一定数達成で上のランクの昇格試験を受ける権利が発生する。ってところですよね」


「はいそうです。ちなみに報酬を受け取る権利があるクエスト評価はC以上ですが、達成と見做みなされるクエスト評価はB以上になります。C以下の評価が続くと降格または登録抹消の可能性もあります。また、ギルドランクEからDへの昇格の時には昇格試験はありません」




 そう補足しながらお姉さんは、俺の名前が書かれた木札を差し出した。




「これがEランクのギルドカードです。身分証明書としても利用出来ますが、なくしたら再発行に金貨1枚頂戴することになります」




「…木札一枚に金貨1枚、ですか」


「えぇ。Eランクが木札なのは、勿論もちろんコストをかけない為です。Dランクになると鉄札、Cランクで銅札、Bランクで銀札と、ランクアップすればそれに応じた素材でカードを作成することになりますよ。頑張ればキミも将来金札Aランクのギルドカードを手にするようになるかもしれませんね」




「ぎゃはははは。来ねぇよ、そんな日は」




 え? 誰? もしかしたら所謂「お約束テンプレ」って奴?




 後ろから無遠慮な哄笑こうしょうとともに現れたのは、いかにも冒険者、といった風情の大男であった。




「テメェみてぇなガキが、冒険者を名乗ろうなんて10年早ぇ。村に帰ってママのおっ○いでもしゃぶってな」




 …いや、あまりにテンプレすぎて、むしろ対応に困ります。




「お姉さん、お知り合いですか?」




「えっと、セマカさんといって、銅札Cランクの冒険者さんです」


「はっ! すぐに銀札Bランクになるさ。だが俺のことはどうでも良い。そっちのガキの件だ。そんなガキにまでギルドカードを発行していたら、このギルドはすぐに孤児と浮浪児の巣窟そうくつになるぞ」




 本気で莫迦ばかばかしく思えてきたが、どうもこのイベントはスキップ出来ないようだな。なら、乗るしかないだろう、このビッグウェーブに(笑)。




「つまり、俺みたいなガキが冒険者を名乗ることになるのが気に喰わない、と。俺に言わせれば、アンタみたいな木偶でくの坊が冒険者を名乗ることの弊害へいがいの方が多いと思うけどね」




 はい、えて相手を怒らせる台詞せりふを選びました。




「テメェ、どうやら命は惜しくないようだな」


「え~っと、冒険者同士の争い事は御法度ごはっとなのですけど……」


「うるせぇ!」




 男は壁に立てかけていた双刃グレート大戦斧アックスを取り出すと、大上段に振りかぶった。




☆★☆ ★☆★




 属性魔法が使えない俺が、幼少時より研究していたのは無属性魔法である。


 無属性魔法とは、「物を動かす」魔法。なら、無属性魔法で自分の体を動かすことが出来れば、運動能力を底上げブースト出来るんじゃね? と考え、試してみたのである。




 最初は操り人形のように、手や足を直接無属性魔法で操作してみた。結果、筋肉の動きと無属性魔法の操作が完全に一致しない限り、うまく動かせなかった。


 次に、手足を直接操作するのではなく、手足の筋肉の動きを補助する形で無属性魔法を使ってみた。同時に、筋力の反作用を支える為、その部分の骨も無属性魔法で強化した。




 結論をいえば、これで大正解。これを「無属性魔法Lv.1【物体操作】派生01.〔肉体セルフ操作マリオネット〕」と名付けることにした。




 この〔肉体操作〕、しかし筋肉に筋力以上の力を発揮させる魔法であり、骨に従来の耐久力以上の負荷に耐えさせる魔法でもある。その為反動が大きく、現在はそう頻繁には使えない(子供の頃はむしろ体を鍛える為に日常から〔肉体操作〕を使用していたが)。けど、まさに今、初めて実戦で〔肉体操作〕を使う機会チャンスがやってきたのである。




★☆★ ☆★☆




 下半身を〔肉体操作〕で強化しながら相手の内懐に飛び込み、男が踏み込む為に前に出した足を内側から刈り、同時に戦斧を持つ手首を内側からそっと外側に流した。柔道の「小内刈り」である。


 この世界には柔道・柔術・またはそれに類する体武術は存在しないのか、男は全く反応すら出来ず、戦斧を軸に180度回り、戦斧を振り下ろす勢いそのままに自身の背から地面に落ちていった。


 俺自身は覆い被さるように倒れながら相手の腰のあたりに跨マウントをとり、腰から小剣ショートソードを抜いて、男の首筋に当てた。




「で、続けますか?」

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