空の塔 第3節
サルベージは順調に進んだ。サキが指差したあのサーバータワーは予想以上にしっかりとしていて、32階にあるドライブルームにたどり着いた。
「全く、エレベーターは当然ながら死んでるな」
ダンサーが愚痴を言った。ギアスーツのおかげで体力的な問題はないが、ただただ登るだけの行程は飽きる。
『じゃあ今度は屋上に降下する?』
「遠慮するぜ。床抜け必須、一階までの最短ルートだ。」
登り切るまでの中でたびたび発せられるダンサーの文句に対してマネージャーが皮肉を言う。マネージャーは上空のドローンを通じて管制を行なってくれている。スキャン情報は師匠に行き、分析をして安全を確認してくれている。現場にいるのは、私・ダンサー・ブラザーの三人だけだった。
「あぁ、思ったよりいい感じだな。第七は初期に汚染されたから心配だったが。」
「そうだね…」
二人がドライブ類を確認している中、私は嫌な物を見てしまった。
「ブラザー、天使だ。」
「おぉ本当か。一応見よう。」
この天使というのは遺体の呼称だ。戦争で亡くなった人以外に、大崩壊の時に逃げ遅れて汚染に飲み込まれ、腐食波によって大勢の人が亡くなっている。耐性のない人にとっては放射線よりも危険なのだ。体が痺れたと思った拍子に意識を失い、分子レベルで体が壊されていく。一瞬でも曝露すれば助からないレベルなのだ。半減期もない、高濃度の場合の除染方法もない。仮に低濃度の曝露でその時助かっても、もうまともには生きていけない。サキがまさにその代表例だ。彼女は大崩壊の時点で被爆していたが、あまりに低濃度で検出されなかった。散々時間が経ったあと、私が宇宙で凍結している間に自覚症状が出るところまで行った。そこからの進行は速く、現在はベッドから出られないと言う訳だ。
「大崩壊の時の逃げ遅れだろうなぁ。もうミイラ化してるし、汚染濃度はかなり高い。これは持ち帰っても焼却になるだけだな。」
私はそこを否定し、アイデアを述べた。
「持ち帰らせて。小型反転場装置を作る予定なんだ。実験したい。」
「それは構わないが、これはボロボロになっちまうぞ。」
「構わない。何もないより、何かでもあった方がずっと良い。」
私はマネージャーに要請を出し、窓からドローンに遺体を入れ込んで回収した。
「俺の手際を褒めてくれぇ!!」
私が遺体を乗せ終わると手を叩きながらダンサーが叫ぶ。どうやら解析が出来て、サルベージ出来るドライブを判別し終わったらしい。それに対して師匠が通信にて、これは彼の功績であってダンサーは機械を繋いだだけだろうと否定した。その様子を見て笑うブラザーとマネージャーの声がインカムから聞こえてくる。期間に入る前の、サキやウィルなどと物を作っていた頃を思い出した。
「懐かしいな・・・」
真面目な者とバカげた者のやり取りを俯瞰している。私は発した一言が皆に聞こえないように、閾値よりも小さな声で述べた。
私達は予想よりも多くのドライブを持ち帰る事に成功した。かつての時代よりも発展した技術により、情報復元技術が向上していたのだ。マネージャーはかなり興奮して作業をしている。昔なら処理が重くて到底出来なかったアルゴリズムで解析ができるのだそうだ。残念ながら詳しい事は分からないが、彼女曰く「革で服を作るしか出来なかったのが、紡績出来て、その上でっかい布を織れるようになったレベル」なのだそうだ。分かる様で分からないたとえ話しである。さて、私の方には問題がある。回収した遺体と遺品の管理だ。汚染されていて、現在は隔離されている。汚染され転化した組織の反転などは例がないのだ。そもそも、実験室サイズの反転場発生装置は世界に数台しかなく、それらは現時点で放棄されている。そもそも「鍵」がなければ本来の性能の反転場を生成できないため、疑似的な効果測定のための代物として十数年前にジャンクとして捨てられている。という事で完全に新しく作らなければならない。その上でさらなる課題がある。ここでいう“実験室サイズ”は家二つ分ほどの大きさであるという事だ。小型化の予定などあるはずもなく、その場からうごかすつもりもない。ヘイアルの施設で失踪中に見つけた小型装置が頭に浮かぶが、あれに関する情報は得られなかったし、映像データだけでどうこうできる者ではないだろう。あれは人類のずっと先を行く文明がやっと作り出した技術なのだから、見様見真似だけでは何年かかる事だろうか。建てられそうにもない計画の存在に悩みながら、しばらく日々を過ごした。
マネージャーによるデータのサルベージが終わり、私はサキの元へと向かう事にした。今の時代はタワーにサーバーがあるため、今度は汚染で消える事はない。サキのデータと思われる物は15個見つかり、その多くが音声ファイルで、一部が動画ファイルだった。サキと一緒に見る事をしたかったため、内容は確認しなかった。マネージャーに私に教えないように頼んだくらいだ。
部屋のドアが開くと、サキは誰かと電話をしていた。何やら業務連絡の様だった。普段ははつらつとしており、どこか適当にふるまっているようだが、仕事ではてきぱきとしていたのを思い出す。サキは私の方を一瞬だけ見て、謝罪の意を込めたハンドサインを行った。私は構わないと小声で伝え、サルベージしたデータを見るための準備を淡々と行った。過去だったら、仮にサキが電話をしていたとしても私が持ってきた端末を奪うようにして手に取っていただろうが、彼女はそんな習慣など忘れたように、ベッドの上から動く事はなく、電話を続けていた。
「ごめんね」
サキは電話を終えると私に話しかけて来た。
「大丈夫だよ。」
「いくつもどった?」
「15」
「いいねぇ」
直前まで電話していたためか、彼女の声は少し嗄れていた。私達はサルベージしたデータを一つ一つ見て行った。最初の音声ファイルのタイトルは「test_23」であり、彼女曰く試しに音楽製作ソフトを動かしていた時の物だそうだ。本当に初めて触っている時の物で、本人としては出来の悪い作品であり、流している最中はずっと恥ずかしそうだった。いくつかは慣れてからつくったので、かなりの出来であった。ジャンルは様々だが、本人が一番得意なダブステップは特に出来が良かった。そして一つだけ、曲が中途半端な所で終わっている物があった。
「途中で切れたんだけど」
「これ、日時いつ?」
データの作成日時を見た私はその理由を理解した。まさに大崩壊が起きたその時である。オートセーブのおかげで途中まで保存されていたのだろう。良くない思い出を引き出してしまったのではないかと血の気が引いたが、サキは私の予想していたセリフとは違う言葉を放った。
「大事だね。これは。」
「残ってるっていうのは」
そうだった。もはや彼女にとっては過去の事。すでに乗り越えた試練のうちの一つでしかないのだ。この事実をいちいち忘れてしまう。顔は年を重ねて貫禄を持ち、声は病床故にしゃがれて、激しかったボディランゲージがなくなっても、この話し方を前にすると自分と同い年の友人であるという感覚になってしまう。この世界に来て1年近くが経とうという段階なのに未だに慣れる事がない。
ヘイアル文明の機能分離仮説について ファイル番号:tg5hphv9r8rbe
今回のテロ組織に関して、ヘイアル文明由来であるものの我々の関知しない技術を確認した事によって機能分離仮説の信頼性が上がった。そもそも、われわれ機関が認知した研究施設は主にプラント技術、環境調整技術に関して特化している可能性が考えられていた。しかしこれに対して、汚染に対抗するのであるのだからそれらの技術に特化しているのは自然であるとして、特に研究されていなかった。一方、先の事案で確認されたのは兵器技術であり、博士の手に入れた資料より異次元の存在との戦闘が行われた記録が確認されたため、戦闘技術・破壊技術に特化した施設が別に存在する可能性が示唆された。これはさらなる技術の発掘が期待されるとともに、公的安全の面からさらなる脅威の発生が予想される。一部のチームによって、明らかに対処不可能であるとは試算されていないが、全く予想だにしない技術が用いられた場合は通常の戦闘状況時以上の被害が想定される。また、これらの被害が市中にて発生し、一般人に認知された場合は統制状況に他大な影響を及ぼすだろう。
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