空の塔 第2節

 俺のコードネームはエージェントだと、最初にそういわれた。なんて安直なんだろうと、コードネームの意味はあるのだろうかと口に出そうになったが、機関の英才教育の賜物により口を閉ざしたままにする事に成功した。




 『エージェント。君の申請した面会が許可された。許可は1500より1530まで有効である。以上。』




統合端末を通じて連絡が入る。車の中で一人で静かにサンドイッチを食べていたというのに、それを全く気にしない合成音声はたんたんと文章を読み上げる。一応QITを使っているらしいが、正確性のために“機械性”を最大限に“人間性”を最低値にしているらしい。そんな事でQITを使う意味はあるのだろうか。噂によれば、心労で降格し事務仕事をしている職員には人間性が55くらいあるQITが連絡をするらしい。今のところ俺の目で見た事はないが、噂好きの同僚が言っていたので無批判に飲み込んでおく。諜報員のくせに噂の正確性だけは低いやつだ。仕事はできるのに。




 「了解しましたサーQIT」




 『・・・』




人間性がないから返答はしない。唯一の利点は俺がいくら皮肉をいっても機嫌を損ねない所だ。俺は一般市民じゃないから、統制AIの潜在プロパガンダも市民統制暗示も来ない。いくら暴言を吐いても反響はない。無限の彼方へボールを投げ飛ばす快感と似ている。




 「私がこの職について良いと思ったのは、“クソ野郎”と堂々と言えるからです。」




俺はAIに聞こえるように統合端末のマイクに口を近づけて企業説明の練習をしながら車を発進させた。基幹OSエンジニアはこの音声を聞いたりするのだろう。満場一致で同意してくれるはずだ。先のスパイ事件により忙しくなった事も不満な原因であった。不安因子を監視して場合によっては取り除く簡単な話が、テロに発展してしまう可能性が出てくれば、本気で対処せざるを得ない。


 俺は本部に戻り、面会用の部屋へと急いだ。急に連絡されたものだからギリギリであった。セキュリティゲートを通り、警備室の前を通り、またセキュリティゲートを通り、安全確認を終えてやっと控室まで来れた。そこには解析エンジニアがいて注意事項を受ける。


 「重要情報を渡さないこと」


 「質問はなるべく一方的に」


 「返答を行わない事」


以上を踏まえろとのことだった。


 「音声は一旦QITを通して向こうに届きますので、こちらの感情起伏は届きません。ですが、諜報部の人の面会中は回線がクローズドになるのでこちらで言論内容の調整ができません。十分注意してください。学習されないように。」


 「わかった」


めんどくさい決まりだと思いつつ、ここまで厳重になるのも当然であった。いざ扉が開かれると、正面にはディスプレイとマイクがあるだけの単純な部屋だった。


 『こんにちは』


ディスプレイから声が聞こえる。思わず返答しそうになるが、ついさっき言われた注意を思い出して口を閉ざす。


 「身元確認を行う。第1次再探索時に見つかったヘイアル文明のAIで正しいか?」


なるべく機械的な文章で聞く。


 『探索に関しての情報は伝聞による理解ですが、ヘイアルのAIであるという事に関しては自覚している情報です。しかしAIの定義より、厳密にはAIであはありません。あなたは?』


 「そちらに質問する権限はない。返答のみに対応せよ。」


 『承知しました。』


向こうの心持ちは客人に対するそれだった。以前の再探索の時に諜報部チームが発見したAIの一つである。インタビューを続けていけば行くほど、”受付”のような印象を受けたため、AIの役割について尋ねると予想通りだった。いわゆるインフォメーションセンターの人だ。一般情報しか持たない。厳密な情報は知らない。聞き出す限り、あの施設内に残存する可能性のあるAIは24体だと言われたがその正確性には疑問の余地が大きい。それぞれのAIの環境耐性がどんな物なのかというのは把握していないようで、かなり大枠での想定であるようだった。


 「どうだった?」


一通りのことを聞いて退出すると同僚が話しかけてきた。AIの技術的な分析が終わってからの初めての面会であったため、他メンバーは興味津々だったのだ。


 「もうすでに俺らが知っている事しか知らなかった」


 「そうかぁ。あとから見つかった奴らが4つくらいあるらしいから、そこら辺の分析と拘束処理終わり次第って感じか。」


AIに学習をさせない。情報に接続させないための処理を入念に行なっているのだ。他文明の技術が何をするかわからない。エイリアンどもだって生き残るのに必死だったのだから、AIに色々と搭載していてもおかしくないわけだ。


 「お前の方はどうだったよ」


 「いやぁもうペラペラよ。」


彼は先の任務で逮捕した人類軍残党の研究者たちの尋問を担当していた。俺が戦った戦闘員どもと違って研究者どもは怖がって即答したようだった。とはいえそう単純ではなく、彼らの情報は丁寧に分断されており、大きな手掛かりとなる情報は手に入らなかった。彼らは探索隊が発見した物の情報をスパイから貰い分析する、スパイや戦闘員の装備をメンテナンスするなどがメインの役割であったため、組織の概要程度までしか分からなかった。


 彼らからの主張では


・戦時中に人類軍から独立した組織である。


・裏で活動し、機関とは別に探索を行っている。


・彼らが持っている技術が機関の持つ技術より高レベルであるとは限らない。


あくまで、エイリアン文明について持っている情報の種類が違うだけで、どちらが圧倒的であるとう事はなさそうだった。構成員の一部の証言であるため、それこそ情報操作によって隠された凶悪性が隠れている可能性はあるが、以前の戦闘を鑑みると神に等しいわけではなさそうであるという結論に落ち着いた。仮にそこまで強いのならばとっくに第二の戦争になって負けているだろうからという論調も背中を押した。


 対抗すべきで、対抗可能な存在という認識が多少なりともできるうちは絶望感はない。地道に捜査をすすめ、平和を確実にするために献身するしかない。俺はエージェントだから。





記録開始


Host:◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾◾️.orga

Guest:◾◾◾◾◾◾️.orgc


コードネーム制度の是非についてです。

戦時中に使用されていた制度ですが、今後も必要なのかという話があります。

再来年には方舟から重要人員が戻ってくるわけですが、彼らの大半は退役します。

というわけで、不必要ではないでしょうか。一般人として生活するには、コードネームの一部はあだ名としても抵抗感のある”ユーモアが強い”名前が多いですし。


それについては社会部でも議論を行なっている最中だ。

特に、君の最後の指摘に関しては完全に同意だ。

日常生活で「ピエロ」呼びはキツいからな。

とはいえ、完全に安全な社会に持っていくのにはまだ時間がかかる。

現時点のアイデアとして、機密作戦への復帰の可能性がある人員を最重要人員として制定し、そのメンバーのみコードネーム制度を適用する予定だ。

コードネーム呼びの抵抗感に関しては、統制AIの潜在的操作を用いるつもりだ。


なるほどです。

しかしそんなにうまくいきますかね。


彼らはコードネームが身に染み付いている。

統制AIで意識を維持すればなんとかなるだろう。


記録終了

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