空の塔 第3巻 新生編

YachT

空の塔 第1節

 先の探索から帰って、大したケガもないのに入院させられた私は、程なくして退院した。正確には解放されたという感じかもしれない。入院中にあったのは検査ではなく機関の職員によるインタビューばかりだったからだ。病院はセキュリティが確保しやすいから、重要人物である私を簡単かつ確実に保護でき、医師の指示という名目で退院を遅らせ拘束できる。機関の運営や民間人に対する対応、立案された作戦の洗練はあるが、戦時中から存在する諜報活動に関しては変わらないようだ。凍結される前の時代では実質的に諜報側だったわけで、どういう人がエージェントでどういう活動をしているのはなんとなく分かる。彼らは明らかに諜報部の人間だった。私が向こうで見つけた物の一致を取るための質問。気にしているのは向こうの文明の痕跡についてであり、熱心に知ろうとしていた。今回の探索では数多くの文明関連の情報・書類が見つかっている。その旨に関しての情報を精査しようとするのは当然であるが、諜報員を動員する必要はないはずだ。この違和感故に、最大の発見であるAIについては何も言わなかった。


 「お大事に!」


病院を去る際に廊下ですれ違った看護師が声をかけてきた。私を担当していた人だ。はつらつとした人でこの時代には似合わない。外見の年齢から察するに、私が凍結中の混沌とした時期の生まれだと思われた。彼女も諜報員かもしれない。でも、もはやどうでもいい事だった。


 私は病院の駐車場に置かれた私のビークルに乗って家に帰った。家の中は清掃されており、数ヶ月間家にいなかったとは思えなかった。人に見られて困る物はなかったので、なんの心配なしに清掃に感謝できた。荷物を一旦おいて片付けを後回しにし、ソファに座った。デジャヴを感じた。方舟から戻って来た時と同じだ。あの時は、もう二度と探索に関わらないと思っていた物だが、結局私の力をかす事になってしまった。私の人生では汚染に立ち向かう事が運命なのだろうかと思う。


「明日は午後2時頃から雨となるでしょう。上空2000m以上での風速の上昇も見込まれるため、汎用航空機の運転の際はお気をつけ下さい。」


呆けて聞いていれば全くそうとは気が付かない自動音声。ヴァーチャルアナウンサーの胸元には小さくサキの会社のロゴが見える。


 「ヴァーチャルアナウンサーなんて!」


 「なに・・・」


サキに、あまりに直接的だとバカにされた。サキは笑いで誘発された咳嗽を抑える。バカにされたことか、咳を起こしてしまったという申し訳なさか私は苦い顔をして窓の外を眺めているしか無かった。


「Quasi Imitation Talker。略してQIT(キット)だよ。」


「Kit(キット)とどう言い分けるの?」


「QIT自体キットだし、必要な業界では必須の道具(キット)だから『一式(キット)用意して』って文脈ではQITは必ず入ってくるから言い分けなくても困らないわけよ。」


 「・・・うん、そうだね・・・?」


難しい文章だ。多分正しい文法だが、その正しさを認識させない情報量である。


「従来の合成ソフトみたいに単語と語順に対する解析だけじゃなく、人格パラメーターを打ち込むことで“そういう人”っぽくー」


要は新しい技術である。新しい技術はいやというほど見て来た。というか自分が研究者であったので当然である。このように、新しい技術がどんどん出てくる事が悪い事だとは思わない。どちらかと言えば推奨されることであろう。問題は、古き良き物が消えうせる事だ。そもそも大量消費社会であった事に加え、大崩壊に起因して多数の物品・場所・人が失われた。再生する余地はなく、新しく作った代替品で食いつないで来たのだ。そうこう生き延びている間に失われた物が取り戻せなくなる事が確実になっていった。仮にお気に入りの本があったとして、数年間放置しただけでもいともたやすく傷んでしまう。汚染があればなおさらで、半年単位で情報は失われていく。インクは色を失い、紙は白さを失い、装丁は形を失う。本が本たらしめる特徴はなくなっていき、最後には単に“本であった物”、ないしはただのチリと化すわけだ。


 「昔いじったシングロイドの曲とかどっか行っちゃったなぁ」


 「クラウドには上げなかったの?」


 「サーバーごと汚染で飛んだ。電力も落ちたし。」


 「あぁ」


デジタルといえども、結局はアナログに存在する物体によって成り立っている以上は完璧ではない。サキは霧に埋もれた故郷を眺めている。


 「あそこの、少し細長い建物がそう。サーバーのあるビルだった。」


 立っている感じ、基礎はまだ無事。劣化はあるが内部が崩壊しているわけではなさそうだ。侵入可能で、同時に5、6人くらいなら床抜けせずに歩き回れるか。階段が少し怖いが、鉄骨のため磁気登攀具が使えるので問題ない。この場にしばしの沈黙が流れ、私が口を開く。


 「サーバーからドライブ持って来てみようか。高層階なら汚染薄いし劣化弱いんじゃない?」


 「えぇ?」


 「サルベージ。やってみようかな。」


汚染地域からのサルベージはいままでほとんど行われてこなかった。行われたとしても、機関の重要データーや希少パーツを劣化前に回収するためであった。当然と言えば当然で、戦時中に民間人の私物の回収のためだけに対汚染装備を用いる余力はなかった。しかし現段階で、装備の使用はエイリアン施設の追加調査のためだけであるので、自由に動かせる装備は多く残っている。ましてやギアスーツは個人ごとに作れらているため、非番か退役したメンバーのスーツは完全に自由に使える物品だ。スーツの基礎装備とサキの会社の装備を使えば、地球上の汚染地域での活動は十分に出来る。場合によっては私が新しく作ればよい。そんな風に考えれば、サルベージ事業は案外現実的な物であった。

 私はサキの指導の元、サルベージを行うための組織を立ち上げた。戦前に存在した非営利団体に準じた形態を採用し、私と同じようにかつて探索に従事したメンバーに声をかけた。彼らは私同様に機関から多額の保証金を支払われており、働く必要のない人間である。金と時間を余らせた私達には、何かの目標が必要だった。目標に追われてそれが嫌になっても、無くなったら無くなったで辛くなる。諸々から解放された直後は余暇を楽しみ平穏に生きるものの、結果的に暇というのは人を狂わせるのだ。探索に比べたら圧倒的に安全な任務であり、比較的簡単に終わる任務だ。汚染地域を手前から順番に巡り、取り戻した物を元の人に届けるという仕事には、実益はない物のエンタメに次ぐ生きる事の活力を与えるサービスとなるだろうと期待した。


 「みんな、久しぶり」


 私は戦友ともいえる4人のメンツに挨拶をした。みなはそれぞれが反応を示した。無言で資料を見続ける者、返事をする者、ハンドサインをする者がいた。


 「二人はこの前の探索で、ベースキャンプで会ったね。」


 「結局またお前がやったな。俺らは壁を吹き飛ばしてた。」

 ハンドサインをする者が答えた。続けて言う。


 「ドクターはいいよな。俺はこの前ので今度こそマスターに嫌われたぜ。」


 「それは君がうるさいからだ。ダンサー。」


今話していた「師匠(マスター)」・「ダンサー」。とても懐かしい。戦時下での活動時は本名をお互いに秘匿されてコードネームで呼ぶ事を強制されていた。そんな中で自分が考えたり他人が考えたりした名前で呼び合うという習慣が身に付き、いまだにそれは健在だ。あとの二人は「マネージャー(秘書)」と「兄者(ブラザー)」。それぞれが専門家で、英雄でもある。私とは違って直接的に人々に貢献した者達だ。彼らなら心強い。


 「ねぇマネージャー。汚染下にあるドライブの健全性はどれぐらいだと思う?」


 「そうねぇ。汚染初期の奴からサルベージした時は85%くらいの感触で、リマスター補正でだいぶ良さげなのか得られたんだけど。いままでずっとだと50%とかじゃないかしら。」


そりゃそうか。汚染というのはほんとに酷い。時は全てを破戒するというが、汚染はそれ以上だ。腐食波などと呼ばれている通り、すべてを腐らせる。私が考えていると兄者が口をだす。


「俺が気になるのは、サルベージした物体の汚染だ、ドクター。」


「それは私と師匠が何とかする。」


小型の反転場装置を作るつもりだ。私は反転場の発生原理と機序を理解しているし、師匠はそれを発生させる機械の設計方法を理解している。製造にあたっての難易度がさほどではないと予想された。

そうして私達はかつての団結を懐かしみながら議論と立案を数週間行い、初のサルベージを行う事にした。





















記録34@5.3;.43.53. 保存file:polpa21136algen


MB ドクターがかつてのメンバーを集めているようだが


AOF45 慈善事業のためのようです


MB 事業内容は?


AOF4 地球上の汚染地域でサルベージをするようです。


MB ゴミ拾いか?


AOF45 というよりは思い出の品回収という感じのようです。


MB そうか。では、我々が気にしている本筋とは関係ないのか?


AOF45 はい。


Server Auto Security Alert データ吸い上げを検知しました。回線を切断、記録を削除します。

Server Auto Security Alert 切断に失敗しました:削除が妨害されました

Server Auto Security Alert 不可逆情報劣化を実行

Server Auto Security Alert 切断に成功しnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnnn

記録終了 結果:抽出成功・操作妨害成功・逆探知無し・ステルス性失敗・情報価値[低]

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