付録
スピンオフ
あなただけを待っていた
私はひさかたぶりにおどろいている。
美の神と名を与えた少年、彼が自分の特別になったのだ。
精霊と契約したと報告を受けた夜、私は美の神を
「主神様はリンをご存じだったのですか?」
「ああ、私の精霊、ウェルの
おいで、と少年に手まねきする。彼が私のとなりに座る。温かい。
「君には私が呼ぶための名前をあげよう。美の神、だけでは他の人たちと区別できないからね……。……そうだな、……ラインハルト、と呼ぼう。」
ラインハルト。意味は、
「ラインハルト……私の名前……」
少年が
長命種は大人の姿までは
ラインハルトは違う、彼は最初から長命種で、記憶の
「うつくしい子、私のラインハルト。君が生まれてきてくれて良かった。君は私のもとでこれからリンと共に私を支えてくれるね?」
「はい、主神様。……主神様にはお名前はないのですか?」
聞かれて私は
しかし、その名前は
「……名前などないよ。私に名前など
「そう、なのですね……」
少年は残念そうにうつむいた。このうつくしい子にレオンなどと呼ばれたら、そして再び失ったら、今度こそ自分は狂ってしまうだろう。
「私が名前をお付けしてもいいですか?」
「やめてくれ! 私は名前には良い思い出がない。もう、捨てたんだよ。ラインハルト、お前は特別だが、私と対等だとは思わないように。」
「はい……」
少し
「……ラインハルト。私にその命、
「……なにを、なさるのですか?」
「今からお前を支配するのだよ。大丈夫、悪いようにはしない。私の特別になるための
「それでしたら、喜んで。」
うつくしい少年は
私は、主神。
世界に自由を
なれば一人くらい、私に自由を奪われつづける男がいても、良いだろう。
「お前は私のものだ、ラインハルト……」
千年、
ラインハルトは成熟し、うつくしい夜の
レオンは変わらない。
レオンだけが変わらないのだ。
「……ラインハルト」
「はい」
「風のは、どうなった……?」
「ご安心を。第三聖獣の
「……そうか。」
それは、共に戦ったかつての仲間との、これまで先
「………サンリア……」
レオンはぽつりと古い友の名を呼ぶ。ラインハルトが
「? なにかおっしゃいましたか?」
「……いや。心を、私の心を、
「……主神様。私が、おります。」
「ああ……」
「私は、あなたのおそばに……」
「そうだな……」
「……私では、足りませんか。」
「…………少し、黙っていてくれないか。」
「……。」
つれなく寝所に戻るレオンを、ラインハルトは追いかけた。その目が
寝台のそばまでレオンが来た時、突然背後から突きとばされ寝台にうつ
「……私がここにいるというのに。」
背後から聞こえるラインハルトの声が、
寝返りをうって振りむこうとすると、上に乗られてうつ伏せのまま押さえつけられた。
「……ラインハルト。」
「私には、あなたしかいないというのに。主神。あなたは、君は、なぜ私を見ないんだ。」
「この
「……いやだ。今の私は、うつくしくない。あなたが
ラインハルトが
「……なら、出ていけ。」
「お断りだ。もう子供の頃の私ではない……」
「……なら、なんだというのだ。」
「私は……今の私は、あなたが生んだ
私は、私だけのあなたがいい。あの頃から変わらないその小さな体、私にくれないか。レオン……」
「貴様。どこでその名を!」
主神の背中から
「……風の神が、あなたのことをそう呼んでいた。
「……クソッ……」
レオンから少し力が抜ける。本当に今更だ、ふざけるな。しかし、涙が勝手にあふれてくる。もう戻れない昔を思いだして心が痛む。もう、こんな心、とっくに無くなったと思っていたのに。
「……レオン。あなたは……」
ラインハルトがなにか言おうとする。レオンは権能を発動させて、ラインハルトから自分の名前の記憶を消した。
「……あなたは……、あれ? ……おかしい、私はあなたの名前を得た、はずなのに……」
「忘れろ。お前には不要な情報だ。」
「まさかあなたが……なぜ、なぜ……」
ラインハルトの顔が悲しみに
「私の名を呼んだ者は皆私を裏切ってきた。忘れられる名なら最初から知らない方がいい。」
「……私すら、信じられぬというのか……」
「世界が、そうなっているのだ。個人の意志など関係ない。」
「どういう……」
「私は、
主神の体から力が抜ける。
「良いんですか。今の私は、好きにしますよ。」
主神は何も答えない。
ラインハルトが
そこから更に、三千年。
生きる
邂逅した、なんて
私にその代替わりの記憶は全くない。きっとまた、主神が
しかも、新しい主神は私に、笑顔すら見せてくれた。そんなに元気な彼を見たのは何千年ぶりだろう。もう、二度と、失わせない。私は固く
それは突然やってきた。主神がひとりで居たそうにしていたので見守っていると、彼は急に苦しそうにうずくまった。
「主神様!?」
「……あ、ラインハルト……」
主神が私に手を伸ばす。私はすぐにその手を取った。顔色がとても悪い。
「私がここにおります、主神様。私はいつでも、何があってもあなたの味方です。」
私は主神を腕の中に抱きよせた。
この人は、やはり、
「ラインハルト、俺は……」
「あなたをください。なぜそんなに苦しんでいるのか、私には分かりませんが、あなたを苦しみから解放してあげたい。なにも余計なことを考えられないくらい、良くしてあげますから……」
否定の言葉が主神の口から出ようとしたのを
転生前には数えきれないほど交わした口づけ。あなたがよろこぶことは全て
主神の唇の震えが収まったようだ。顔を赤くして言葉を失っている。それは見たことのない
投影を解除し、彼を
「主神様……私はあなたの全てを分かっています。怖がらないで
「私を覚えて……私を思いだして……永遠に、共に生きましょう。あなたはうつくしい。こんなにも生きている。愛しています、私の主神様」
「なあ、俺は前、なんていう名前だったんだ?」
数日後、主神は突然そんなことを聞いてきた。
「……
「そっか。じゃあ、俺のことはレオンで良いよ。主神様なんてガラじゃないし、俺だけ呼びすてなのもなんとなく
「……レオン、と。お呼びすてして、良いのですか。」
「うん? 俺今そう言ったよな?」
「はい……ええ、はい! レオン……! 光栄です、レオン、レオン……」
……ああ、四千年の時を
「うーん……だって俺とお前しかいないし、さ。……聞いてるか? そんなに嬉しいものか……?」
私はレオンの手を取り、その甲に口づけをした。
「初めてあなたと対等になれた。レオン。私はようやくあなたの
私達は、割られた半身。ついに二人は一つになった。もう何者も私達を引きはなせない。
レオン。こんな世界を作った私は、世界を再び
あなただけを待っていたのです。
七神剣の森【全年齢版】 千艸(ちぐさ) @e_chigusa
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