剣を捨てた男
あの大災害からちょうど今日で三年。
ようやくイグラスの人々は新しい生活に慣れてきたようだった。
大小さまざまな問題はもちろん残っているが、それを解決するためのしくみが機能し、
そろそろ身長がディゾールを追いこしそうなので、二十歳になったら長命種にしてもらうのも悪くないな、と彼は考えていた。ガンホムには……このまま背が伸びたとしても、追いつけるビジョンが見えない。アザレイは自身の前を行く二人を見比べた。
今ではガンホムが黒天騎士団団長。ディゾールが蒼天騎士団団長である。
王宮は
父も、国王陛下も、ハルディリアも、皆三年前に死んでしまった。
イグラスの兵力も多く
しかし、世界が
アザレイはもう剣は取らない。それは、近いうちに長命種となるという夜明けの神との約束のためでもあり、
国を
「……ちょっと寄る」
アザレイはあいかわらず最低限の省エネ発言で、ガンホムとディゾールから離れることを知らせた。二人は振りかえりうなずく。かがやく銀の
アザレイが向かったのは、新しい学園校舎が
今ならば分かる。アザレイは彼女に、将来の
そんな自分が今更、王と王女のために涙を流すことすら
(あなたの願いに
「やっぱり、アズは王女様のことが好きだったのか?」
背後からガンホムに声を掛けられる。
「……。」
答えないのは、答えられないからだ。
弱者の他に守るべきだったものを、ひとつ、それと気づいた頃にはすでに
「……
アザレイはそう言いのこし、墓を立ち去る。
ディゾールとガンホムは目を見合わせ、
──────
もしも、あの時私達が敗北していたら、
世界はどうなってしまっていただろう──
「お姉様、アンゼお姉様、お柿様……」
「いやだから、最後のは字まちがえてるってば……」
「あ、よかったですお姉様、戻ってこられましたね」
水色のふわふわとした巻き髪を
「どうしたの、エミューナ様。クリウスから何か
「いえ、ただアンゼ様が
「あのねぇ。産後鬱って産後にしかならないのよ。こういうのはマタニティブルーって言うの。いや、違うから。マタニティブルーでもないわよ別に。私とあの人の子なんだから、死んでても生き返って生まれてくるわ、きっと。」
「えぇ……ちょっと怖いですね……」
困ったように笑う妹を見て、本当にこの子は
「……今ね。私達が負けていた場合のことを考えていたの。」
「え、どちらに、ですか?」
「うーん。どっちもありえたわよね……。でも主神は結局、何も変えられなかったんじゃないかしら。ヤバかったのはラインハルトの方かもね。」
「あの方、狂人でしたもんね……」
普通の感覚で見ると、あれは狂人に見えるのか。アンゼは新鮮なおどろきと共に妹を
もしも、の世界は
もう、世界は大丈夫。
私が死ぬまでは。
──────
……もしも、とは本当に
男は死に
無意味だと分かっていても、もしもと思わずにいられない。
もしも、もっと早くお前のことを思いだせていたなら、お前も、この子も、
彼を
力ある者に
その力は世界を
そして、その力を持つ者は、世界を
彼は武神と呼ばれていた。
その名に
常に正義を自身の中で
──その結果が、この無意味な戦いだというのか。
「私を
「黙りなさい。主神様の役に立たない者に価値はありません。」
「アウヅ、お前、父親に向かって……」
その言葉に相手は逆上したらしい。美の神の顔が
「私の名はラインハルトだ! アウヅなどと! ……お前など決して親とは認めない。そのまま
武神は自身の名を
「忘れたのか。私には
「
ラインハルトが聞きなれぬ名を呼ぶ。神の民ではない、
「なっ……ヒト、だと……」
剣に慣れていなさそうな赤髪の男は、糸が切れたようにその場に
武神も痛みに
ラインハルトは
「……どうです、思いだしましたか?」
「なに……」
「母う……風神は死の
あなたはどうですか。あの方の名前を……あの方の過去を、思いだしましたか……?」
「……お前、まさかそのために……」
ラインハルトは眉をひそめただけで無言になった。武神は命が
「……ならばこの記憶は、お前には渡さない。あいつの光に目の
武神は自分の命を
彼は、何も知らないはずなのだ。
今しがた自分が取りもどした記憶。あいつと肩を並べて戦った遠い昔の──もう、いまさら思いだしたところで、
レオン。アウヅ。お前達は、もうどうにもならない。
今の私も、どうにもできない。
「……
目が、ひりつく。
ああ、涙だ。
私も、泣いているのか。
もしも、私がこの子の代わりにお前のそばに立ててやれていたなら。お前が私の正義から外れる前に、お前を助けてやれていたなら。せめてこの子が、お前にとって本当の〈一筋の光〉になれていたなら……。
『まだ、死んでいない。』
武神の内側で、ダークラーが
(ああ、分かっている。だが、今の私では
『話が違う。』
(そうだな……。私は何度でも死を
私は知ってしまった。私も、あいつもまた、かつてか弱きヒトの子だったのだと。私ではこの
だが、私の
……この記憶すらも
『呼応。では、もうお前に用はない。
(すまない、な……。)
レオン。もう少しだけ、待っていろ。
お前を殺すのは、この俺だ。
そうして武神が投げすてたために、最後の
もしも、の世界が反転する。
あってはいけないことが起こり、ありえた奇跡が
夢が現実になり。現実は夢に消えた。
かようにこの次元は
しかし、すべて誰かこころある者の成した結果である。
だから大いなる者はこれを良しとする。
彼にとっては破壊も希望も等しく変化への力であり、主神の
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