挿話〜うつくしき男〜

 その男は、極北きょくほくからやってきた。かつて迫害はくがいされ、極北に追いやられた漆黒しっこくの一族。超常の力を得て、世界の裏側に回った神の一族。そこから更に逸脱いつだつし、大いなる者と契約して世界をほろぼした男。彼は、世界が燃えつきるあいだ、極北から面白おかしくそのようすを見ていた。うつくしかった。自分の生まれた意味、美の神と呼ばれた意味が、ようやく分かったような気がした。


 しかし、世界はもう半分あった。

 蛇足だそく

 しかたのないことではある。前の世界の誰も知らないことだったのだ。


 基本的になんでも楽しんでいた男だったが、これにはさすがにいやが差した。すでにそこにはひかえめながらも文明が存在し、あんのじょうみにく短命種たんめいしゅどもがれをなしていた。さて、どうじょしてやろうか。

 暗躍あんやくなんてもう食傷しょくしょうだ。下らない笑顔を作り、それでも自分の思いどおりにこまを動かす楽しみは、かつてはった。今はもう、そんな労働をするなど我慢できそうにない。

 それならば、植物を育てるのはどうだろう? 短命種を蹴散けちらす種を作り、私はその種が育つのを、ただのんびり待てばいい。そう、時間ならくさるほどある。


 手はじめに、土をならすように、邪魔な内海ないかいを消してやった。海の神がなげく。神、神だと? このしょうもないぎょうが? 短命種どもの考えることはやはりよく分からない。分かりたくもない。

 空の神は短命種を守らんと降りてきた。健気けなげじゃないか。私にも、かつてそんな相手がいたよ。まあ、限界を迎えていたので、私が消したんだが。しかしもろいもんだ。やはりこれで神とは片腹かたはら痛い。

 陸の異形は何も言わない。同胞はらからが散ったのを見て無意味をさとったか。抵抗ていこうしないならばそれでいい。ならしは完了した。あとはここに最高のおくり物をめてやるだけだ。


 彼の基準でもごたえのあるうつくしい大樹がひとつあった。折角せっかくだから、そのそばに植えてやろう。そしてその樹の上で、種が育つのを眺めていよう。前の世界は赤で埋めつくした。今度は緑で埋めつくそう。萌える緑は燃える赤とどっちがうつくしいだろう。彼は大樹にきょかまえ、大半をのんびりと眠って過ごした。

 どこから見つけてきたのか、短命種どもが彼を神とあがめ大樹に住みはじめた。大樹の手入れも必要か、と彼はうんざりした。短命種を数匹捕まえて、少し力を与え、駆除する者に変えた。こういうものはバランスが大事だ。短命種が大樹に蔓延はびこらなければそれでいい。圧倒的な勝敗が決しない程度に争わせておく。何やら戦争をはじめたが、今回はいずれ緑が等しくおおうだろう。放っておけばいい。


「久しぶりだね」

 大いなる者があらわれた。本当に久しぶりだ。前の世界ではあれほどかんしょうしていたのに。

「お久しぶりです。私の管理に何か問題が?」

「いや、キミには問題ないよ。ほかの次元に問題が起きたんだ。いや、問題が起きたというより、決定的になった。この次元は、混ざる」

 大いなる者がそう宣言すると、世界があちらこちらでひび割れ、そのひびから無数の知らない世界が突きだしてきた。

「これはいったい……?」

「ちょっと制御に失敗しちゃったんだ。悪いね。あ、でもここに来て安定したな。うん、この次元、もうこのままだから。引きつづき楽しんで」

「……そろそろ、きたなって思うんですよね」

「えー、それは困るな。引きつぎ要員いる? いないでしょ。後継者が育つまでめられちゃ困る。ま、希望は聞いたから次来るまでに探しといて」

「承知しました……」

 大いなる者はうんうんとうなずくとかき消えた。男は溜息をついた。

「……後継者ァ? そんなもの、あなたが決めればすぐだろうに。」

 いいように逃げられたな、と思う。しかしまあ、やることは変わらない。重なって増えた世界も平等に、緑で覆いつくそう。

「……つまらないな。」

 いちおう、後継者とやらを作っておくべきか。彼は海の異形と陸の異形、それから空の異形のざんを呼びよせ、自身の力を加えて混ぜあわせ、形を変えて神を作った。しかしそれはひとつの形を保てず、海の異形の卵と、陸の異形の卵と、いくつかの宝石に分かれた。なんでも思いどおりにとはいかない、特に自分がからむと難しいものだな、と彼は思案する。しかし、この宝石に私の力が宿っているなら、これを持った者は私の後継者たりうるのではないか?

 宝石の形を変えて剣とする。そのうち二本は異形の卵に与える。残りの剣は駆除する者達に。さて、これがどう動くか。

「届いてくれよ……私に」

 大樹から払いおとす。もう用はない。彼は再び眠りについた。

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