六道猶ホ炎ノ如シ

六道猶ホ炎ノ如シ…壱…

ディゾールの休暇



 インカー -with Emblaier-



 十八歳、女。

 砂漠の世界の民で、炎の神の眷属けんぞくである玉犬の犬飼。

 炎の剣を取った理由は「愛する者とともにあるため」

 大らかで気風きっぷのいい男前。可愛いところもたくさんあるとクリスは惚気のろける。


──────

 それは黒天こくてん騎士きしだんが都にさんしたよく朝のことだった。

「なぜここにお前が呼ばれたか分かるか?」

 アザレイはていしつ室にディゾールを招いた。表情は殺しているが、若さゆえか少しヒリついているのが分かる。ガンホムは完全な無表情でディゾールのとなりに立っている。

「お前、とは私でしょうか。ガンホムは、ともに呼ばれたのではないのですね。……でしたら、心当たりは一つしかありません。ガンホムが、私の会話を聞き、団長に報告したということでしょう」

 皆私服ではあるが、場の雰囲気に合わせ、ディゾールは言葉づかいを改める。そう、ここはきゅうだんの場だ。

「……誰と話していた」

おっしゃることがよく……」

「心当たりは一つしかないのだろう。とぼけるな」

「……。私のおいです。音の剣の主、セルシア」

 アザレイはディゾールを観察した。確かに彼の風貌ふうぼうはイグラス国内においては異質だ。目の薄灰色の虹彩こうさいに、瞳孔どうこうが無いのである。しかし、ぞく世界のいずれかの出身だと思っていた。まさか、完全な異世界から来ていたとは。

「……ちょう、ということか」

 アザレイがうなる。しかしディゾールはまっすぐな目で否定した。

「いえ、私は長をほうしました。そして、かの世界で死亡し、イグラスでせいされました。手引てびきくださったのはだいどう殿どのです」

「……またあの人か……。いいだろう、それは一旦、信じるとしよう。それでお前は、これからも戦えるのか」

「問題ありません」

「甥相手でも?」

ごんありません」

「良し、戻ってよい」

 アザレイがそう結論づけると、ガンホムが意を決したように口を開いた。

「待ってくれ、団長殿。こいつは内通ないつうしゃだ。甥っ子と仲よくけんばなししてたんじゃねえんだ。なにか取引をしていたんだよ。」

「……ディゾール。会話内容の説明を求める。ガンホムを納得なっとくさせよ」

かしこまりました。……じゃあ、言うけどよ。あいつに声を掛けられた時、俺は最初、俺だってことを否定してたんだぜ。おたがこんが生まれるからと思ってよ。知ってるのは俺だけでいいと思ってた。れあう気はなかったんだ。そこは聞いていたか?」

「……いや、なんかいらだっているようだったから、騎竜を降りた後から聞きはじめた。そこまでは知らん」

「ま、いいけどさ。あいつがあんまり執拗しつこいんで、口をすべらせちまって俺だとバレたんだ。それであいつは完全に警戒けいかいゆるんだようで、取引を持ちかけてきた」

「やっぱ内通じゃねえか」

「まあ最後まで聞けって。その内容は、コトノ主様ぬしさまをくれてやるっていうもんだった」

「……何だと?」

 ガンホムがおどろいたように耳を向けた。アザレイは注意深く目を細めた。

「それであの時、コトノ主を捕まえられたのか」

「そうです。もともと〈卵〉のかくが第一目標。剣の仲間を取りにがしはするが、そのじゅじゅつ発動はつどうもとたんすることで〈卵〉本体の場所が分かる。その情報を私に教えたのが甥でした。内通者は私ではない、甥の方です」

えいどもはコトノ主から守護を頼まれていた。そのために〈卵〉は水の剣の主を合流させた。それなのに守護をほううらったのか、音のは」

「はい。奴はしょうもうせんになることを恐れていました。おそらく光の剣の主がきゅうおちいっていることを聞いていたのでしょう。仲間を選び、大義を捨てたのです」

 アザレイは得心とくしんしたようにうなずいた。そして厳しい目をディゾールに向ける。

「……なるほど、そういう人間か……音のは。であれば、お前がすべきことは何だった?」

「……コトノ主様をかくすること、です」

「捕獲した後は?」

「………団長に進言するべきでした。消耗戦の続行を」

 ディゾールのけんに深いしわが入る。理解しているが、言いたくはなかったのだろう。

「そうだ。そこで甥をづかってしまったあたり、甘いと言わざるをえない。次はないと思え。

 ……しかし、撤退てったいの指揮をしたのは私だ。ものぜんだと思わず、食って満足したのは私だ。ディゾールに撤退しろと進言されたわけでもない。ディゾールをめることはできまい。

 ……謹慎きんしんではなく、きゅうを与える。ウルスラの顔でも見てこい」

「アズ!? さすがにそれこそ甘いんじゃねぇのか」

 ガンホムが思わず大声をあげる。アザレイはあくまで真剣な顔だ。

「ガンホム。お前もディゾールも、俺の大事な部下なんだ。この程度の瑕疵かしそこないたくない。お前らの仲にれつが入るのも困る。そうだ、お前も休暇を取れ。ディゾールを見張っとけ」

「なんでぇ!!?」



 即日そくじつ休暇とされて、アザレイの邸宅ていたくから二人は放りだされた。

「もー! アズもディズも皆甘々なんだからー!!」

「ガンホム、その巨体でさわぐな。目立つからよ」

「俺今マジでキレてんの! 分かんないかなぁ!?」

「キレると言葉づかいおかしくなるんだな、お前……」

 ディゾールが笑うと、ガンホムがかたを組むフリをしてリアチョークをしかけてきた。

真面目まじめにヤベェ事態だと思って俺報告するまで二日もなやんだんだぞ!? クソ、こんなあっさりおとがめなしにしちまうなんて……」

「やっやめろ……! お前その身長は……まる絞まる……!」

 ディゾールがガンホムのうでを叩く。ガンホムは目が見えないから相手の顔色で加減ができない。ガンホム基準の「こんなもんか」で解放されて、ディゾールはしばらく立ちあがれなかった。道ゆく人の視線が痛い。

「あー、しかしディゾールとデートさせられるとはなぁ。これが公開処刑しょけいかー」

「ゴホッゴホッ……へっ、くまみてぇなお前の隣じゃ俺ぁさぞぜっせいの美女に見えるだろうよ」

「ウルスラちゃんに新しいパパだよーって紹介すんの?」

阿呆あほ、本気にしたらどうすんだよ。お前かたおやの子の気持ち分かってねぇだろ」

 ディゾールの思わぬ真面目なトーンに、ガンホムはハッと反省した。

「……いやごめん、軽い気持ちの軽口かるくちだった」

「いやまあ、パパ二人はさすがにじょうだんだってウルスラも分かるけどな」

「俺のこのしょんぼりした気持ちは!?」

「うん? 面白いからそのままにしとこう」

 えーっ!と戦友が不平をらす。リアチョークのかえしだ。しかしリアチョークも彼の内通わくの仕返しなのだから、もう泥沼どろぬまである。仲よくしておきたいから「こんなもんか」と彼も相手を解放することにした。

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