冬の砂漠の夜のこと

 冬の砂漠の夜と聞くと極寒ごっかんのイメージがあるが、それはあくまで乾季かんきの話。冷たい雨季うきである今はある程度の湿度しつどがあり、気温はそこまで下がらない。といってもやはり火はやせない。皆が玉犬達にもたれてだんりながら寝しずまる真夜中、インカーは火の番をしていた。

「……インカー」

 彼女の恋人が、周囲を起こさないようそっと起きあがる。

「あれ、スッス。まだ寝てていいぞ。時間になったら起こすから……」

「クリスなら、寝てるよ。僕だよ」

「……リノ。体も寝なけりゃ睡眠すいみんとは言わないんだぞ」

「竜にはねす(※釈迦しゃか説法せっぽう)ってことわざ知ってる? 僕はナノマシン技師だぞ。自分の体のことくらい分かってる。それよりお話ししようよ」

 そう言って彼はインカーの隣に座り、彼女の腰を抱いた。


「……インカー。やるじゃん。ちょっとは見直したよ」

 リノが穏やかに話しかける。インカーは、これが素直じゃないこの男なりの最大限の賛辞なのだろうと受けとり、苦笑した。

「リノ、旅についてきなよって言ってたもんな。クリスにも頼まれた。でも実際、なにをすれば炎の剣の勇者にあたいするのか全然分かってなかったんだ。とりあえず神殿まで行っただけ。私は、運がよかっただけ」

 インカーの言葉を聞くとリノは不機嫌そうになって鼻を鳴らした。

「あいかわらずだな。お前のそういうとこ、イライラするんだよな。あんな好意を寄せられていたのに無自覚だし、可愛かわいくないとか言うし、炎の剣に選ばれたのが運とか言うし、インカーファンクラブの存在も知らないし」

「ふぁ!? ファンクラブ!!?」

「声でけーな。皆起きるだろうが」

 リノが不機嫌な声で、しかし小さくたしなめる。インカーも我に返り声を落とした。

「あ……ごめん。……そんなんあったの? 全然知らんかった」

「ライサとか……ギムって知ってる? あの辺」

「え、えぇー……ギム私のこと好きだったのか……」

 静かに目をみはるインカーを見て、リノは舌打ちした。

「彼氏の前で他の男のこと考えないでくれる? かい

「リノが話振ったんだろ……。まあその、にぶいのは悪かったよ」

「違う……ああもう。自己評価が低すぎるって言ってんだよ。

 お前、実際あの炎に焼かれてた時、途中まであきらめてただろ。分かるよ。もう自分はダメだからって、どれだけカッコつけて死のうかって、僕なら考えるから。それでも最後にしぼりだした言葉が、一緒に生きたい……。しびれたね」

「行きたい、だったと思うんだけどな……」

 インカーはひざかかえて顔を隠した。リノが優しく指を差しいれあごを抱えあげる。

「照れないで、可愛い子。顔を見せて。

 ……多分、愛だよ。正解は愛だったんだ。炎の神は愛を求めてた。死ぬぎわの愛してるじゃなくて、もっと未来のあるやつだ。だから、お前がああ言ったしゅんかん、『得たり』だったんだろう。お前が僕と同じことを言ってたら、死んでたってことだ」

 インカーはリノの顔をまじまじと見た。そうかもしれない、と思う。

「……ああ、それは覚えてる。絶対それは言っちゃいけないと思ったんだ」

「……ありがとう、クリスのことを本気で想ってくれて。

 まだまだ、全然、全っ然足りないんだけどさ。……あいつ、お前が燃えて以来、僕のこと一度も考えてないんだ。……だから、あいつのこと苦しめるの、そろそろ終わりにしようかなって、思って……あれ?」


 インカーの両目からぼろぼろと涙がこぼれた。リノはおどろいた。


「何でインカーが泣くんだよ……」

「いやだ……」

「えぇ……僕は死人だぞ。満足したら消えるべきだ」

「いやだよ……私にとっちゃ、お前も大切な恋人なんだよ……一緒に生きたい、には、お前も含まれてんの。」

「こんなに邪険じゃけんにされてんのに?」

「うん。」

「……クリスのことで逐一ちくいちマウント取ってくるような奴なのに?」


「うん。リノ。」


「……何さ……」


「リノが好きだ」


 リノの息がしばらく詰まった。それから、くつくつと笑いだした。

「……もー! どいつもこいつも、クリスもお前もさぁ……!」

 ふ、ふ……と笑うくちびるがふるえる。

「……なんで僕が好きになる奴はこんなに馬鹿なんだよ……」


 リノモジュールは理解した。

 それはまぎれもなく愛だった。

 僕達を愛してくれるひとがいた。

 死ですら分かたれなかった二人を、まるごと受けいれてくれる人がいた。

 結局、僕は最初から、一人の独立した人間としてはまったく不十分だったのだ。かつてのリノは、それをクリスにおぎなわせた。だから僕達は二人で一人分で、それを理解していなかったから、今まで幸せになれなかった。

 ……いいのだろうか。

 僕も、リノモジュールも、幸せになっていいのだろうか。

 こんな奇跡が、こんな僕に、降りそそいでいいのだろうか。

 お人よしで馬鹿なインカーをだましている気分だったが、それは違うと自分でも分かっていた。インカーはハッキリと、クリスとリノを分けて考えてくれている。それでも、彼女にとってはどちらも大切な恋人なのだ、と。


 ホント、馬鹿だなぁ。

 お前はこんなややこしい二重人格男なんか選ばなくったって、じゅうぶん幸せになれるだろうに、さ。

 僕のクリスを……幸せにする権利なんか、僕が消えていいなら、全部まるごとくれてやるのに、さ。


 ……クリスの体の涙腺るいせんは、思っていたよりゆるかった。


「そりゃあお前……お前がクリスを好きで……私がクリスを好きだからだろ」

 インカーがちょっと首をかしげて答える。馬鹿じゃないとは言いはらないあたり、彼女は聡明そうめいだとリノも認めざるを得なかった。理屈としてはまったくすじは通っていないが。

「わけ分かんないよ……理由になってないだろそれ……。だいたいお前さぁ、贅沢ぜいたくなんだよな! こんなにいい男二人も捕まえて独りじめしてんじゃねぇぞ」

「何がだめなんだ? 身体は一つだろ」

「……うーわー、このデリカシー無し女め。許さん。愛され方は全然違うってことを体に思いださせなきゃいけないか?」

「やめろやめろ。今! やるな! ここで! ……で、考えなおしたか?」

「なんだっけ」

「ちゃんと、私と、クリスと、一緒に生きてくれるか?」

「……しかたねえなぁ。クリスより僕の方が好きだって言うんだからなぁ」

「すぐそうやってだね作るだろ……もうお前が炎の剣だよ……」

「なにそれ……面白……っふふ……」


 冬の砂漠の夜は冷える。二人で身を寄せあうと、もはやはながたいのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る