冬の砂漠の夜のこと
冬の砂漠の夜と聞くと
「……インカー」
彼女の恋人が、周囲を起こさないようそっと起きあがる。
「あれ、スッス。まだ寝てていいぞ。時間になったら起こすから……」
「クリスなら、寝てるよ。僕だよ」
「……リノ。体も寝なけりゃ
「竜に
そう言って彼はインカーの隣に座り、彼女の腰を抱いた。
「……インカー。やるじゃん。ちょっとは見直したよ」
リノが穏やかに話しかける。インカーは、これが素直じゃないこの男なりの最大限の賛辞なのだろうと受けとり、苦笑した。
「リノ、旅についてきなよって言ってたもんな。クリスにも頼まれた。でも実際、なにをすれば炎の剣の勇者に
インカーの言葉を聞くとリノは不機嫌そうになって鼻を鳴らした。
「あいかわらずだな。お前のそういうとこ、イライラするんだよな。あんな好意を寄せられていたのに無自覚だし、
「ふぁ!? ファンクラブ!!?」
「声でけーな。皆起きるだろうが」
リノが不機嫌な声で、しかし小さくたしなめる。インカーも我に返り声を落とした。
「あ……ごめん。……そんなんあったの? 全然知らんかった」
「ライサとか……ギムって知ってる? あの辺」
「え、えぇー……ギム私のこと好きだったのか……」
静かに目をみはるインカーを見て、リノは舌打ちした。
「彼氏の前で他の男のこと考えないでくれる?
「リノが話振ったんだろ……。まあその、
「違う……ああもう。自己評価が低すぎるって言ってんだよ。
お前、実際あの炎に焼かれてた時、途中まで
「行きたい、だったと思うんだけどな……」
インカーは
「照れないで、可愛い子。顔を見せて。
……多分、愛だよ。正解は愛だったんだ。炎の神は愛を求めてた。死ぬ
インカーはリノの顔をまじまじと見た。そうかもしれない、と思う。
「……ああ、それは覚えてる。絶対それは言っちゃいけないと思ったんだ」
「……ありがとう、クリスのことを本気で想ってくれて。
まだまだ、全然、全っ然足りないんだけどさ。……あいつ、お前が燃えて以来、僕のこと一度も考えてないんだ。……だから、あいつのこと苦しめるの、そろそろ終わりにしようかなって、思って……あれ?」
インカーの両目からぼろぼろと涙が
「何でインカーが泣くんだよ……」
「いやだ……」
「えぇ……僕は死人だぞ。満足したら消えるべきだ」
「いやだよ……私にとっちゃ、お前も大切な恋人なんだよ……一緒に生きたい、には、お前も含まれてんの。」
「こんなに
「うん。」
「……クリスのことで
「うん。リノ。」
「……何さ……」
「リノが好きだ」
リノの息がしばらく詰まった。それから、くつくつと笑いだした。
「……もー! どいつもこいつも、クリスもお前もさぁ……!」
ふ、ふ……と笑うくちびるが
「……なんで僕が好きになる奴はこんなに馬鹿なんだよ……」
リノモジュールは理解した。
それは
僕達を愛してくれる
死ですら分かたれなかった二人を、まるごと受けいれてくれる人がいた。
結局、僕は最初から、一人の独立した人間としてはまったく不十分だったのだ。かつてのリノは、それをクリスに
……いいのだろうか。
僕も、リノモジュールも、幸せになっていいのだろうか。
こんな奇跡が、こんな僕に、降り
お人よしで馬鹿なインカーをだましている気分だったが、それは違うと自分でも分かっていた。インカーはハッキリと、クリスとリノを分けて考えてくれている。それでも、彼女にとってはどちらも大切な恋人なのだ、と。
ホント、馬鹿だなぁ。
お前はこんなややこしい二重人格男なんか選ばなくったって、じゅうぶん幸せになれるだろうに、さ。
僕のクリスを……幸せにする権利なんか、僕が消えていいなら、全部まるごとくれてやるのに、さ。
……クリスの体の
「そりゃあお前……お前がクリスを好きで……私がクリスを好きだからだろ」
インカーがちょっと首をかしげて答える。馬鹿じゃないとは言いはらないあたり、彼女は
「わけ分かんないよ……理由になってないだろそれ……。だいたいお前さぁ、
「何がだめなんだ? 身体は一つだろ」
「……うーわー、このデリカシー無し女め。許さん。愛され方は全然違うってことを体に思いださせなきゃいけないか?」
「やめろやめろ。今! やるな! ここで! ……で、考えなおしたか?」
「なんだっけ」
「ちゃんと、私と、クリスと、一緒に生きてくれるか?」
「……しかたねえなぁ。クリスより僕の方が好きだって言うんだからなぁ」
「すぐそうやって
「なにそれ……面白……っふふ……」
冬の砂漠の夜は冷える。二人で身を寄せあうと、もはや
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