狂気の神守

 インカーが去ると、じーちゃんは羽ばたいて自己主張した。

『……さて、もういいか。久しぶりだな、ロジャー』

「……ナギラ。話には聞いていたが、縮んだな……」

『もっと変わったとこあるじゃろが! 身長より! もっと!』

「だはは、変わっとらんな! ……ようこそ神都リンリスタンへ。剣の仲間達よ。私がこの世界のちょう、ロジャーだ」

 ロジャーが優しい目でえいの子らを順番に見る。フィーネは少し驚き声を上げた。

「えっ……炎の神様がこちらの世界の長ではないのですか……?」

「ああ、ノノが変化したアレを言っているのか。あれは私がつくった神の形だ。この世界に炎の神と呼ばれる者は、存在しない」

 ロジャーの言葉に剣の仲間達は衝撃しょうげきを受ける。

「……あ、でも、サレイが言ってたわ。雷の剣と水の剣は長がアレだからいいけど、ほかは違う……って……それってつまり」

「さよう。この世界の長は代々人間だ。炎の神は……正確には、炎の神と呼ばれる現象は存在する。この神殿の御神体。炎の〈卵〉だ。しかしそれに意思はない。〈卵〉は二千年前から眠りつづけている。炎の剣のぬしが現れる、その時までな」

「もしかして、その〈卵〉が炎の剣なのですか? コトノ主様ぬしさまも、〈卵〉と呼ばれていましたが……」

 そうだっけ?とレオンは首をかしげた。セルシアのことだ、一人だけどこかかられ聞いていたのかもしれない。

「それに近い。〈卵〉が認めなければ、炎の剣は現れない。

 〈卵〉は言わば強大な力の集まりだ。長達は常にその加護を受けている。遠く離れたノノを変化させ、魔力を送りこむことも可能だ。もちろん、ノノ自身の協力が必要にはなるがな。

 玉犬ぎょくけんは意思を持つ炎の神の端末だ。言葉をかいさず人を理解し、人よりもすぐれた状況判断能力を持ち、人智じんちを超えた行動を取る。玉犬こそが炎の神と言っても過言かごんではない」

「ココ……あの可愛かわいらしいちびっこ達もか?」

 ちびっことはいうものの、この数ヶ月で更に大きくなって、今では馬も顔負けのサイズになっているのだが。

「三次成長を終えていない玉犬は、言わば〈成りかけ〉だ。あのサイズでも人と同じくらいは生きるが、大人になれず命を落とす者の方がはるかに多い。それはおそらく、神の端末として適合てきごうだったということなのだろう。反対に、四次成長をげたノノ。あれはもう、ほぼ神だ。それこそ炎の神の右腕、狼神ろうしんズズとザザに並ぶ者だ」

「そのことはインカー、犬飼達は知っているのか?」

 クリスが問うと、ロジャーは険しい顔をした。

「言えるわけがなかろう! 炎の神などいない、玉犬が〈卵〉の端末、お前達の育てているそれは神だ、と? この世界の根底をくつがえすことだぞ!

 ……いや、声をあらげて申しわけない。ゆえにこれはインカーにも話せぬ、長のみが代々受けつぐ秘密なのだ。

 長は自分が長であることすら周囲に明かせぬ。そんな状態で、神殿における神守かもりの地位を守るのは並たいていのことではない。神のいない他の世界も同じだっただろう。光の都、音の都、風の都。忘れさられ、矮小化わいしょうかされ、悲惨ひさん末路まつろよな。それに比べればこの世界にはまだ、神の力だけは存在する。だからこそ二千年、この虚構きょこうを続けてこられたというわけだ。

 私は……神がうらやましい。私が神になれればどれほど簡単だろうか!

 ……そう、思っていた。カミナに出会うまでは」

「うちの神様だな。雷様。フィーネちゃんにはそう教えたっけ」

「はい。半分がお人で半分が神様なのですよね」

 クリスとフィーネの会話に、ロジャーが目をくもらせてうなずいた。

「カミナ……雷は、人の身で神の領域りょういきに達した男だ。しかし、長としての役目を果たすことこそ容易よういになったが、その他のものをたくさん取りこぼしなげきつづける男だった。

 ……地獄じごくのようだった。人は誰でも何かを得れば何かを得られない。そのような欠陥けっかんを抱えながら、神のごと悠久ゆうきゅうを孤独に過ごすなど、私にはまねできなかった」

「それで、人のまま神を演じるようになったんですね」

「ふふふ、なかなかどうっていただろう? 私の声に合わせつつ、立派な神の姿に創りあげるのは、苦労したもんだ。それに、お告げを出せるようになったことで一気にやりやすくなった。無論、そんなものはない。すべて私の意見、考えだ。しかし〈卵〉は協力してくれた。〈卵〉によって私は先代よりもはるかに強い魔力を手に入れた。後のしあげは、炎の剣だけだ」

 そう言ってロジャーは再び笑顔を作った。しかしその目は笑っていない。じーちゃんがそれに気づいて慎重しんちょうにたずねる。

『……ロジャー。炎の剣の主は誰だ?』

「決めておらん。我が血族けつぞくであれば誰でもいい。

 ……我が血族は増えすぎた。このままでは次代の神守すらまともに決められぬ。えたとたんに蹴落けおとされる、みにく骨肉こつにくの争いが始まる。私の時もそうだった。

 ゆえに、ここで減らす。おのれの内の炎をぎょした者のみが助かり、炎の剣の主となるだろう」

 クリスは耳を疑った。

 今、誰のみが助かり、と言った?

「……何を、する気だ? お前……血族を、減らす? お前、それ……お前のことを叔父さんってしたってた、インカーも入ってるよな?」

「雷の子よ。これはこの世界の問題だ。お前達の口出しは無用。炎の剣が神都に到着した。今よりこの神殿にて、裁定さいていが始まる」

「待て……っ!?」

 止めようとしたクリスの目の前で、ロジャーは突然発火した。

「お前、自分もかよ……! クソッたれ!!」

 クリスは毒づいて手を引っこめ、フィーネがあわてて水を生みだす。

「ムダだ、この炎は体の内側よりおこるもの。水を掛けても水に飛びこんでも助からない。私は神の加護を得ているから問題ない。他の者は……神が残したいと思った者のみが生き残るだろう」

「さっき貴様きさまその口で神に意思はないと言っただろう!! 気でもれたか!!!」

 セルシアが激昂げきこうしてえる。クリスが部屋から飛びだした。ほかの皆もそれを追いかける。あの赤い髪の、優しくて気丈きじょうな彼女を、探さなければ。


 神殿中がひどいありさまだった。あちこちで人が炎上し、その炎が周囲をがす。どこからか水を運んできてやった者が、炎上する人型どもに抱きつかれ共に燃えつきてゆく。

「インカーねえを知らないか! 今日ここに来た玉犬は! 誰か!!」

「レオン君! インカーさんはこっちだ! 僕とクリス君なら分かる!」

「風で送るわ、先に行って! フィーネも!」

「サンリアは!?」

「私は……ちょっとでも消火してみる! 人の火は消せなくても、建物は!」

 サンリアが突風を起こす。クリスがジャンプし、その風に乗る。

「まだ……まだインカーのナノマシンは動いてる。でも時間の問題だ、頼む……生きててくれ……」

 クリスは祈りをのどからしぼりだした。また後でな、なんて別れの言葉、受けいれられるわけがない。


 サンリアは仲間達を見送った。じーちゃんが肩にとまる。

『……サンリア。この者達を助ける義理はない。分かっておるな?』

「分かってるわよ、じーちゃん。でもね、私にできることがあるんだもの。それを見なかったことになんて、できない!」

『ふぉっふぉ。愚問ぐもんじゃったの。限界は見極めてやる、とことんやれ』

「行くわよ、〈断空だんくう〉!」

 サンリアがおうちし、ウィングレアスをかざすと、周囲の時が止まった。

 いや、違う。あたりを燃え広がる炎が全て消えたのだ。そのせいではげしく動いていたものが一瞬にしてなくなった。人はまだもだえ苦しんでいるが、体の外側まで炎はもう拡がっていない。

 炎を燃やす空気。その動きを止め、遮断しゃだんした。本来窒息ちっそくさせるための魔法としてみだしたもの。連続使用すれば、生者せいじゃ諸共もろとも殺してしまう。ゆえに。

「っだはっ、ぷはぁーっ!」

 サンリアが息をぐと〈断空〉が解除される。熾火おきびになっていたものはごうと勢いよく炎をあげはじめる。しかし、明らかにさきほどよりも火の範囲は減った。

「……よし! 〈断空〉!」

 りかえせ。選ばれなかった彼らに、平等に安らぎの死がおとずれるまで。せめて自身は何者も傷つけなかったと、死者が納得できるように。

(……こんな、むごい)

 サンリアの目には涙が浮かんでいた。

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