五里無水…肆…

神都リンリスタンへ

『ふー、ようやくうるさいのが終わったわい。耳のいいこの体にあの連日のどんちゃん騒ぎは辛かったのう』

 旅装束たびしょうぞくを整えるサンリアの肩でじーちゃんが愚痴ぐちをこぼす。

「そんなこと言って。じーちゃん重くなったわよ」

『ぎょ、玉犬ぎょくけん達が供物くもつを分けてくれただけじゃよ』

「え、それ食える物あったか? 悪かったな、気が回らなくて」

 インカーがおどろく。玉犬の主食は岩や砂なのだ。

『いや、毎日焼き立てのパンや羊肉、菓子なんかを捧げる店もあったからの。ぜーんぜん不自由せんかったよ』

「やっぱ満喫まんきつしてたんじゃない!」

 そう言って笑うサンリアの胸もとには銀色ににぶく光る竜の意匠のバッジが付けられている。セルシアの歌の他に、レオンの映画にも銀竜バッジが授与じゅよされ、キャスト全員にバッジが配られたのだ。

「こっちはいつでも行けるよ。仔犬達にとっちゃ初めての遠出だ。皆張りきってる。ノノさんもついてくるし何も心配してなさそうだ」

 新年を迎え、地上は冷たい雨季に農作業を始める人々で賑わっていたが、今だけは皆、玉犬と剣の仲間達を見送りに街の外れに集まってきていた。

「こんなに大勢の皆様に見送られて出発することになるとは……」

 フィーネが気恥ずかしそうに見送りの人々に手を振る。

「玉犬が出はらうのも異例だけど、お前らは祭の立役者たてやくしゃだからな。そりゃしまれるってもんよ。……ありゃ、金鱗邸きんりんていの旦那さん泣いてら」

「オーナー! 短い間でしたがお世話になりました!」

 セルシアがそう呼んで手を振ると、その男は地にくずれおちて号泣した。

 クリスはその背後に金髪褐色肌の少年が一瞬見えた気がして声を張りあげた。

「ライサ! いるんだろ、ライサ! 出てきてくれよ!」

 民衆の中に動きはない。

「ライサ! お前もありがとな! ギム達にもよろしく! 俺もお前のこと好きだったぞー! インカーのことは引きうけた、心配無用! じゃあなー!」

 クリスは構わずに言葉を続けた。いらえはないが、きっと伝わったと彼は確信していた。なんせ、銀竜バッジのライサは顔が広いのだ。

「じゃあ、そろそろ行くか。フィーネ、頼めるか?」

「お任せください!」

 レオンに言われ、フィーネは流れる滝から水を集めて地をう巨大なワニを作りだした。見送りの人々がおどろきと恐怖でどよめく中、剣の仲間達はためらわずそれに乗りこむ。犬飼のインカーはノノに乗り、仔犬達はわれさきに走りだした。それに続いてフクロウが飛び、巨大ワニが砂の上を滑るように進み、最後にノノが駆け足でついてゆく。

 祭の後の、街から離れる行列が見える。めいめいの街に帰る者もいるが、メインストリームはやはり神都に帰る人の群れだ。神都に向かうにはそれを辿たどればいい。迷うこともない。

 風に乗って歌が聞こえる。



勇者ヨーク、再び旅立たん

炎の神の加護を得て更なる試練へ

戦え、その持てる力全てを使い

闇を打ち払い夜明けを求めよ

光の剣は我らのもとに──

炎の剣は我らのもとに──




 神都は煉瓦れんが作りの広大な街だった。周囲には枯れない水路がめぐらされ、広く開けはなたれた門からは人々の出入りが絶えない。

 ノノは短い黒髪をぴっちりきつけ、品のよいくちひげをたくわえた恰幅かっぷくのいい白衣の男の姿に変化していた。男が玉犬の仔犬達とインカーを先導して神都の門に近づくと、門衛もんえいが駆けよってきた。

「ロジャー様! お帰りなさいませ。神殿までお送りいたします。ご同行の方は……玉犬様がた、犬飼、それから……? 銀竜バッジの者達ですか。いえ、問題ありません。ご一緒にどうぞ!」

 ロジャーと呼ばれたノノは鷹揚おうようにうなずく。どうやら顔の知れた高位職者とまちがわれているらしい。そんなんで大丈夫か? バレやしないか?とレオンはドキドキした。そもそも玉犬様が顔パスなら、ノノはそのままの姿でもよかったのではないか?

 都の中央にある、炎の神殿に通される。ノノと色違いの服を着たしんしょくらしき男がていねいに奥の間に彼らを迎えいれ、門衛をねぎらって帰らせた。ややあって、左のとびらからノノと同じ顔をした、黒髪黒髭で恰幅のいい白衣の男が入ってきてレオンはギョッとした。ご本人じゃねーか!

「ロジャー叔父おじさん!」

「インカーよ! よく来たな! 長旅ご苦労だった」

「いや、ノノさんに乗せてもらったからあっという間だったよ」

 インカーが本物のロジャーに駆けより親愛のハグをする。ロジャーはにこやかに抱きかえし、笑顔のままインカーの連れを見わたした。

「ノノは……おいおい、それは私か? だっはは、面白い! そりゃ分かりやすい目印だっただろう」

「ロジャー叔父さん。それからこの人達が……」

 インカーが剣の仲間達をなんと紹介するか少しためらっていると、ロジャーは真剣な顔つきになりインカーの言葉を引きとった。

「無論、神守かもりたる私には分かっている。インカーよ、席を外しなさい。ノノと仔犬達に休息を。外で案内を受けよ」

「……分かった。皆、また後でな」

 ほんの少し、これきり会えないのでは?という思いをかかえながら、インカーは皆に手を振って玉犬達と部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る