勇者ヨークの旅路

「さぁ行こう、インカー。レオンとの待ちあわせの時間だ」

 クリスに手を引かれ地上に出る。一年で一番夜の長いこの時期、空にはもう星が光っていた。レオンがステージ横で二人に手を振る。

「めちゃくちゃ緊張してきましたー……!」

「大丈夫、フィーネはきりを出してくれるだけでいいんだ。維持いじはサンリアがしてくれるから」

「いえ、比較的少ないとはいえ私の記憶も使われてるんですから……」

「私も監修かんしゅうしたから大丈夫、ばっちり皆カッコよく映ってるわよ!」

「さぁ、出番だ。二人とも、観客席からぜひ見てください」

 セルシアがにこやかにサンリアとフィーネを送りだす。

 レオンとセルシアがだんじょうに上がる。セルシアの顔はすでに観客全員に知れわたっており、早速万雷ばんらい拍手はくしゅが起こる。これは俺のことを舞い手とかんちがいしているかもな、とレオンは内心苦笑した。

 唄神ばいしんルイネが奥の演奏席に座る。勇者ヨークがステージ中央に立ち、強く光りかがやく大剣を抜いた。その小さな体躯たいくに見合わぬ立派な大剣に、観衆はどよめく。ヨークはその大剣を片手でかるがると振りまわし、ステージの中央に突きたてた。

 突如とつじょ濃厚のうこうな霧がヨークの周りに立ちこめる。その中で光の大剣は、白くぼんやりとともっていたが、やがてその光はすじとなり、霧の上部に四角く照射した。

 やがて、人々は美しい緑をその光の中にげんした。やわらかな音楽が流れはじめる。この緑は、オアシスか。違う、これは誰も見たことのない景色。

 黒い土。太く密集みっしゅうして生える木々。ところせましと広がる草花。

 楽園?

 いな

 それは森であった。



勇者ヨーク、風の精霊ミフネにいざなわれ 果ての森に迷いこんだ

そこに封印されしは白き神の剣 ヨークはその封印を解いた

たちまち現れる闇のおおかみ ヨークは勇猛ゆうもうに切り捨てその肉を食らった

ここは果ての森 闇が飲み尽くさんとする世界


勇者ヨーク、森を出た そこは肥沃ひよくな大草原

石の都で彼が出会ったのは ルイネの加護を持つ男

彼に誘われ試練の城へ 白き迷宮、黒き獣

ヨークは神の剣で獣をはらう 刺し違える寸前で獣は崩れた

ヨークの聖石、神の剣に宿り ヨークは一命を取りとめる

ルイネの振る舞いを受け 仲間に加え彼は旅立った


果ての森はなおも彼らを惑わす やがて時さえひずみ未来へと届く

そこは空の上の世界 蒼く冷たき理想郷

雷の如き男、勇者ヨークの前に立ちふさがる

神聖な闘技とうぎにてヨークを破り、男は神の力を得た

しかし次の試合にて友を殺してしまった男は

理想郷を去り、ヨークと共に旅に出る


勇者ヨークとその一行、キャミの都に辿たどりついた

闇の勢力に追われしキャミは 加護を持つ女をヨークに与え

闇を祓わんとヨークに願った

戦場となるは過去の都 闇はミフネを飲みこんだ

音の刃、雷の雨、水の獣 そのどれも闇の竜どもにかなわず

ヨークは単身ミフネを救うべく闇の陣地に攻めこんだ


とらわれのミフネの前に立ちふさがる恐るべき敵

闇の剣を持つ男 ヨークの宿敵にして異父いふ兄弟

ヨークをあやめんと闇をあやつる

神の剣、闇に飲まれんとしたその時、ヨークはミフネを救いだす

雲が割れ、闇の勢力は引いていく

しかし、ああ、見よ! 勇者ヨークのそのざんな姿

闇の呪いにおかされ最早もはや死を待つばかり

救うには果ての森を抜けねばならぬ

ミフネの祈り、神の剣に届き

真の姿を得た神の剣が 闇の呪いを清め祓った


果ての森よ、諦めよ 勇者ヨークの体は今また炎の神のもとへ

玉犬が眠る彼を迎え 炎の神が加護を与え

今ここに復活せん 勇者ヨーク、我らが伝説──!



 ルイネが唄いおえ、幻影をうつす霧が晴れ、ヨークが光の大剣をかかげた。

 それは誰も見たことのない魔法。誰も聞いたことのない伝説。誰も経験したことのない奇跡だった。圧倒的な迫力に腰を抜かした者も何人かおり、その者らは座ったまま、他の者は皆飛びあがって、寝た太陽を起こすかのような大歓声と月を割らんばかりの拍手を壇上に送った。

 勇者ヨークが大きく一礼し、ステージ前のリンリ、ミフネ、キャミを指さし、それから上がってこいとジェスチャーする。背後のルイネも隣に並ばせ、この一同が今回の映画のキャストです、と声を張りあげ紹介した。

 めいめいが自由にお辞儀じぎする。花や金貨銀貨が壇上に投げこまれた。拍手も歓声もなかなかやまない。しかしショーはもう終わりだ。レオンはセルシアに耳打ちする。

(レオン君からの伝言です。このまま壇上に皆の幻影を置くので、今のうちにいただいたお金を拾って退散しよう、とのことです)

 サンリアがフフッと吹きだす。レオンはにこやかに再度礼をすると、皆を幻影に置き換えた。最後にクリスがこっそりインカーの手を引いて人だかりから離れると、レオンは幻影を解除した。突然壇上から演者えんじゃ達が消えさり、人々はそれにすら熱狂した。



「最後の炎の神の幻影で分かったよ。あれ、つくり物の幻影じゃないな? どうやってか知らないけど、本当にあったことをうつしたんだろ、全部」

 皆でインカーの自宅に避難ひなんすると、インカーがレオンにたずねた。

「うん、映像は全部本物だよ。ちょっと話が分かりやすいように順序変えたりセルシアの歌でうそついたりしたけど。全部、俺達の旅だ」

「……そうかぁ。すごいんだな、あなた達は。この街で少しでも助けになれて光栄だったよ」

「なにお別れみたいなこと言ってるのよ。まだお祭りは終わってないし、神都しんとに一緒に行くんでしょ?」

「それはそうだけど。なんか改めて実感しちゃってさ」

 インカーがはらはらと泣く。クリスは彼女の頭をでて、肩を抱きよせながら殊更ことさら明るく話を続けた。

「俺はセルとリノの対決も映してほしかったなー!」

「それを言うなら僕も、白い迷宮を僕のおかげで脱出できたことは言及げんきゅうしたかったですね」

「私は主様ぬしさまがキャミ神と紹介されたこと、まだちょっと根に持ってます」

「私なんか最初からレオンのお付きあつかいなんだから! 皆ちょっとは我慢しなさいよ!」

「悪かったよ。でも勇者ヨークの伝説ってことで俺を主役にして、この街の皆に分かりやすい名前に置きかえたらこうなったんだよ……」

「いや、すごくいい再構成だったと思うよー。鑑定士もとい映画評論家の俺が言うんだからまちがいない。お前、映画とか構図とか構成とか、そっち系の才能あるよ。よく皆の映像をあそこまでまとめられたもんだ」

「あ、マジで? 俺、実は写真が趣味なんだよ。動画もってもいいかもしれないな。旅が終わったらだけど……」


 旅が終わったら。

 そこから誰もがしばらく無言になり、外の喧騒けんそうが室内に流れこんできた。


「終わったら、やっぱり皆、もとの世界に帰るのか?」

 聞きにくいことを聞くのはやはりレオンだった。

「私は……少なくともあの村にはもう未練みれんはないわ。じーちゃんと二人、皆の世界に遊びにいってもいいかもしれない」

「僕は帰ると約束したので、やはり帰らねば。でも、ヨナリアをまだ迎えにいけてない。旅が終わったらまずそれですね」

「俺は……俺のいた世界が好きだなー……居心地もいいし。でもそこに大切な人はいない。うーん、ま、その時考えるかなー」

「私は主様が帰ってこいとおっしゃるなら帰ります。でも、お役目を果たし終えたら、ご褒美ほうびに、記憶を消さずに外の世界へ追放してほしい……ですね」

「それって、私と一緒に旅をするってこと?」

「ふふ、それもいいですね。でも、だいの子供を産み育ててからなので、かなり先になると思いますよ?」

「えーっ! 確か少なくとも十年は向こうじゃない!」

「ですです。その頃にはサンリアさんも、リオンさんの世界に馴染んじゃってるかもしれないですね」

「な、なんで私がレオンのとこに居つくの前提なのよ……」

 サンリアがちょっと不貞腐ふてくされ、チラッとインカーを見る。インカーは別人のようにしょげかえっていた。

「インカー! クリス、保留だって!」

「え、うん。サンちゃんどした?」

「だから! また来てって言えばきっと来るわよ、クリスは律儀りちぎだから」

「突然のめられ。光栄の行ったり来たり」

「クリス、今おどけるとこじゃないから。大体あんたねぇ、その時考えるじゃなくて……」

「分かってるって。ちょっと照れくさかっただけだって」

 クリスはそう言うと、立ちあがってインカーの前にひざまずいた。

「インカー。お願いがある」

「……なにさ」

 インカーはしかたなしにクリスと目を合わせた。

「炎の剣を手に入れて、俺達と旅をしてくれ」

「……え?」

 インカーの目がゆっくり丸くなる。


「え、えええ〜〜〜っ!!?!?」

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