死人は幸せになれない
「
クリスが、
「ばかやろう、んなもん私の体が持たねえっつの。まずは
「クリスの好きな物なら僕もたいてい好きだよ。僕は付きあいがいいからね」
「んじゃモルヴィんとこ行くか。今年はまだ食べてないからな」
インカーが先を歩きだすと、リノはするりと彼女に腕を組ませた。
「……は?」
「は? じゃないんだけど。なんで僕とは腕組まないの? リノだから?」
「あー、お前そういう感じ? でなきゃあんなに傷作らないか」
「勝手に
「
意外にも、それはリノにとって悪くない時間だった。
「そういえば、傷全部消しちゃったんだ?」
「だってそりゃ、スッスがいやがるからなぁ。」
「あんなに朝は喜んでたのに。ああ、リノやめて、痛い、好き、大好きだから、あっ痛、リノ痛いって、もうやめっ、」
「やーめーろー! あとそれ痛がってるだけだから!」
顔をまっかにしてインカーが恥ずかしがる。リノは今自分で言った発言が当然クリスの声で口から出てきたのがまるでクリスを痛めつけているようで面白く、これは悪い遊びだなとしっかり記録した。
「……どこか残させてよ。キスマークでいいからさ。僕、生きてた頃は
その傷は僕とクリスの
その傷のせいで僕は声がだせなくなったけど、そんな
その傷は僕が死ぬ直前まで治さなかった。ふふ、死ぬ直前にね、治してクリスに愛してるって伝えたんだ。彼の剣に
……もちろんそれはリノ本体のしたことで、僕のしたことじゃない。その時のリノ側の記憶は、僕には入っていない。でも僕のことだから分かる。僕は幸せだったんだ! 僕は幸せに生きて、幸せに死んだ!
うっとりと自分の言葉に酔う恋人を、インカーは少し首をかしげて
「そりゃ……いい人生だな。短くても、幸せだと思えるなら私はいいと思うよ。で、お前はどうなんだ、クリスの中のリノ。そこは、幸せか?」
リノから晴れ晴れとした笑顔がフッと消えた。真顔で溜息をつく。
「……
「そうしたら、スッスはお前のことを二度
「ま、そうなるね。クリスはいつだって僕のことで必死なんだ」
「……やっぱお前、幸せじゃないだろ。好きな人を苦しめて得られる幸せってなんだよ? リノは本体の願いに
インカーの言葉に、リノの周囲の温度がぐっと下がったようになる。だが彼女は
「……十か所くらいお前に
「それで気が本当に晴れるんなら後でやればいいさ。消さずに残せっていうなら言うとおりにもしてやる。でも多分、そのやり方続けてるとそのうち決定的にスッスと決別することになるぞ。相手が私じゃなくてもだ」
その瞬間、リノから殺気が消えた。店の椅子にもたれ、脱力する。
「……僕なんか、もうとっくに捨てられていてもおかしくないんだ。クリスが異常に優しいんだよ。どんだけ
……だから……そうだな。僕はクリスが幸せになればいいと思う。僕より好きな人ができて、そうかリノはついに消えるのか、じゃあな、って言ってくれれば救われる。僕は死人だ、幸せになるなんて
今までのようなトゲのない、もの静かな口調。インカーは目の前の男のややこしい思考回路をようやく
「……スッスがいつまでもお前を向いてるから、
「は? お前なんかにクリスが取られるのなんて絶対いやだね。
それは今までの
「……そうだな。この祭が終わったら、お別れなんだな」
二人はインカーの家に帰った。炎の神の翼が外れかかっていることに気づき、修理することになったのだ。誰か居てくれよ、とインカーは願った。誰もいなければ、自分の家でリノに
果たして、そこにはレオンとサンリアがいた。
「あ、ちょうどよかった! クリス、明日の夜、レオンの出し物やるから。十八時に地上のステージ前に集合してね」
インカーがちらとリノを見ると、どうやら瞬時にクリスに切り替えたらしい。
「おー! ついにか!
「いちおうサンリアにも動画チェックしてもらって、変なとこないか、ヤバいもん
「なになに、リオンも何かすごいことやんの?」
「俺の魔法、だよ! 音楽と歌はセルシアがやってくれるって。そのために明日は歌わないようにするって約束してくれた」
「うわ、セルさんがそんな……そりゃかなりマジのやつだな……」
「まあセルは明日一日くらいフィーネちゃんとデートしてやっても
「インカーはずっとクリスに付きっきりなの? 大丈夫? 迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ、たまにはこんなのんびりした祭もいいもんだ。毎年仕事ばっかりで
「……本心?」
「なんでクリスが自信なさげなのよ!」
サンリアのローキックが飛ぶ。クリスはインカーと目を合わせたままそれをひょいと
「なに? 宿で半日寝てましたって言えばよかった?」
「あー! 楽しんでくれてるならよかったわー! いやーよかったー!」
「半日も?
「クリスって
レオンが天然をかますので、サンリアが耳打ちして説明する。間もなくハァ!?と
インカーはもう一度くらいリノと話してみたかったが、クリスがいやがるのでその機会を得られないでいた。あと少しでリノの心のもつれが
しかし、そこまで分かったところで、それを
だから、願わくばリノが自身の本心にもう少し素直になって、せめてクリスを傷つけるのを
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