ライサの誘い
ライサが連れてきたのは、いかにも治安の悪そうな一角だった。
「この辺の連中がやってるこの臭いのはアブアっていう煙草な。匂いは染みついてるけど、煙を直接吸わなきゃまあ大丈夫」
ライサは
「『耳のある奴は聞け』。明けの部屋のライサだ、ムファンのおっさん、開けろ」
ややあって、内側からくぐもった老人の声が聞こえてきた。
「……目のある奴は見ろ」
「文句のある奴は死ね」
ガチャン、ととびらが開く。ボロ布のとびらに見えたのは、実は布を貼ってある鉄製のがんじょうな二重とびらであった。二人は中に入った。
「ずいぶんな合言葉だな……」
「身内用だよ。ようムファン、実入りはいいか?」
ライサはとびらを元どおりにしっかり閉めると、入り口の右側で
「ガキは元気が余っていると見える。もう二人目か」
ライサはいやそうな視線をその店子に向けた。
「よけいな口きくんじゃねェ。右腕も失くしたいのか」
「ふん……惜しい命じゃないが右が失くなると煙が吸えん。そいつぁ困る」
「ならだまっとけ。行こう、クリちゅ。このおっさんとしゃべってっとそれだけでアブア中毒になりそうだ」
「ライサ、お前……」
「なぁに? こんな所まで来て、何もないと思ってたわけ?」
「話があるんじゃなかったのか」
「んー、まあ……あるには、ある……」
ライサはうわの空で返事しながら、すっとクリスにしなだれかかり、その
「クリス……、俺、クリスのこと、好きだよ。初めて会った時から」
「……」
「でもね、最近のクリちゅの言動、あれ、ひどいよ。おかげで俺の心はボロボロだぁ」
はあぁ、とライサはクリスの胸の上で溜息をついた。息の当たった部分がじんわりと温かくなる。彼はそこに甘えるように頭をすりつけた。
「だからねぇ……はっきりさせようと思ってさ。ねぇ、クリス……インカーのこと、好き?」
「好きだ」
「……そう……じゃあ、しかたねェな」
ライサの右手の中でキラリと光ったものがあった。
おどろいたのは、
彼らはライサに、自分達の
「お前らも、俺を
「あ、いや、俺達は……」
「お、おい、ギム兄貴……」
ギム兄貴と呼ばれた大男が前に押しだされてきた。彼も目の前のようすにギョッとしたが、さすがに
「俺らはただ
「……別に、かまわねえよ」
なおも髪を逆だたせながらクリスは言った。ギムはゆっくりと部屋の中に足を踏みいれ、そしてライサを助けおこした。他の男達もギムが入ったのに続けと入ってきて、入り口の壁に貼りついた。クリスは呆れかえった。
「そんなに
「ライサに……いったい何を……」
「
男達はどよめいた。雷をあやつるなど、人間技ではない。
「お前はいったい……」
「炎の剣って知ってるか?」
「あ、ああ、選ばれし勇者が持つというあの……まさか、お前が!?」
「いや違う。俺は炎の剣の勇者を
男達は
「……それで……勇者は、見つかったのか?」
クリスはライサを見て、しばし押しだまった。確証は無い。だが。
「……ああ、見つかった。インカーちゃんだ」
「ええッ!?」
「なんだ、お前ら皆インカーちゃんと知りあいか?」
「い、いや俺らは……!」
「ギム……やめろよ。……結局あいつの運命の人は、俺らなんかじゃ、なかったんだ……」
「ライサ!?」
「俺らには、
ライサは力なく首を振って
「……カッコ悪いよな……振り向いてほしいって純粋な
「言ったな。……
「ああそうだ。もう、お前があいつに何しても俺らは……文句は言わねェ……もともと文句言おうってのがまちがいだったとね」
「お前らもってことか?」
クリスはギムに視線を移した。
「右に同じ、だ。ライサに無理なもん、俺やこいつらにできるわけがない」
クリスは少し眉をひそめたが、すぐに無表情になり上着を着た。
今は迷いなくインカーの家に足が向いていた。リノはあれ以来ずっとだまっている。クリスとしても今は話したくないので
(もしその相手が……リノだったら、俺は……リノに……)
『だまって聞いてれば要らんこと考えやがって。クリスのことを
(ああ。あれは、俺がやったことだ。だから謝るんだ)
クリスは意を決したように足を早めた。
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