戦略的撤退

「……で、二人とも逃げかえってきたってわけかよ」

 クリスが腕組みをしてセルシアとレオンをにらむ。

「怖かった……マジで食われるかと思った……」

「あんなの十六歳の落ちつき方じゃないですよ……」

 セルシアとレオンはそれぞれ自分のベッドの布団にくるまって泣きごとをらしている。

「レオンはなんでダメだったんだよー。好きなんだろ? そのまま抱いちまえばよかっただろうが」

「いやだよ、あんな流れでやってしまうのは……。うまく言えないけどダメ」

「まあビビる気持ちは分かるけどさー。好きだって言いながらベッドに入ってきたらもうそりゃ合意だろ。サンリアちゃんの気持ちも考えろよ」

「うう……分かってるよ……。ひどいことしたなとは思うよ……」

「じゃ、今から戻って謝って、全部教えてくださいってお願いしな」

「それもダメだろ、もう流れむちゃくちゃだよ」

「なにカッコつけてんだよ童貞どうていのくせにー。明日からどうするつもりだ」

「う……、普通な顔するけど……。もともと妹みたいな感覚だし……」

「そのへんがまだ分かれてないのか、おこちゃまだなー」

 クリスがレオンのベッドに座り、レオンの頭をくしゃくしゃにする。レオンは一瞬抵抗したが、その両手は力なく布団に落ちた。

「あんなとこまでさわられた……夢に出そう……」

「ご褒美ほうびじゃねーか」

「そうかも……」

 クリスはレオンの腹に手刀しゅとうを落とした。


「で? セルは大丈夫なの?」

「あんなもん……僕も繊細せんさいなとこあるんで、あんなもんムリです。せまってくるご婦人だって裸にしちゃえばそれなりの雰囲気というものがですね……普通は出るじゃないですか……。自分が寝てる間に裸にされてるのに顔色ひとつ変えず、何しにいらしたんですか? なんて聞かれたら心折れますって」

「それはドンマイとしか言えねぇ……俺でも逃げる……」

「そうか?」

 レオンはピンとこないらしくキョトンとする。

みゃくなしもいいとこだろー。あまりにはこりすぎて本当に分かってない可能性もあるけどさー」

「まあ多分その可能性の方が高いんですが、これは戦略的せんりゃくてき撤退てったいです。本能に意識させるとこからはじめないといけなかったです」

「なるほどなぁ……?」

あきらめる選択せんたくはないのー?」

「え? だってもう、僕のものでしょう」

 ツラのいい男にみきった目でそう断言されて、クリスは嘆息たんそくした。

「旅の仲間内でさくさくカップル作るんじゃねーよと俺は思うわけですけどねー。あまった俺はどうすりゃいいのさー」

「さあ……死の剣使いの少年とか?」

「セル、さすがにそれは笑えねーな」

「でも、クリス君は中にすでに一人いますし……」

「「えっ?」」

 レオンは意味が分からず、クリスはごまかしきれずに声をあげた。

「いるんでしょ、あの子が。たまに会話するようなひとりごとしゃべってるし」

「……。そう?」

「僕が気づかないとでも思いました?」

「そうかぁ……」

「たまに口調が変わるのは、彼と話した直後かな?って思ってました」

「そうかもね……」

 クリスは見るからに赤くなり、さっきまでの威勢いせいはうそのように口数少なくなって、のっそりとセルシアのベッドに入っていった。

「なんでこっちに来るんですか」

「セル、さびしいだろー? してあげるよー」

うれしくないが!?」

 そのまま狭いベッドで大の男二人がいちゃつくのをしりに、レオンは今晩のことはなるべく考えないようにしようと心に決めて、眠りにつくのだった。



 よく朝。朝食を食べにでようと顔を合わせた一行は、ギスギスしていなさすぎていっそみょうだった。

 雷様の文字認識プログラムをゆずりうけたクリスの先導で、朝からやっている食堂を探す。そのうしろにはなにも大したことは起きなかったという顔をしているフィーネと、特になにも断りなく彼女の右手を取って単純接触効果を狙うセルシア。更にうしろにレオン、サンリア。

「……ねぇレオン、昨日はごめんなさい」

「ああ、いーよ大丈夫だよ。俺の方こそ逃げてごめんな。

 ……俺、ああいうの慣れてないから昨日はダメだったけどさ、サンリアの気持ちは分かったし、そのうちサンリアのことも受けとめられる気持ちになると思うから、よかったらその……待っててほしい」

「えー」

「ダメか!?」

 サンリアはくすくす笑うと、レオンを追いぬいてセルシアの右腕みぎうでに引っついた。

「おやサンリアちゃん。僕に鞍替くらがえするんですか?」

「なんかねー、やっぱしばらくフリーみたい、私」

「それなら僕の右腕は空けておかないといけませんね?」

「んもー! なんなんだよ!」

 怒ったレオンはフィーネの手を取ろうとして、セルシアとサンリアに両腕をブロックされるのだった。



『打ち解けられたようでよかったですわ。それでは早速ですが、ランザーで戦場まで送ります。夕刻までには到着するでしょう』

 出立の時。船着場まで出てきていたコトノ主が、湖水こすいからランザーをむ。

「主様、お役目はたしてまいります」

『ええ、フィーネ。期待していますよ。軍をしりぞけたあとは炎の剣、死の剣の回収。そしてイグラスを止めるまで。振りかえらず進むのです。あなたがたに良き出会いのあらんことを。悲しき出会いの良き流れに転じんことを』

 神の寿ことほぎを受けて、フィーネはほこらしげにうなずいた。

 先見の力をもつ彼女の神の言葉は予言に等しい。しかしその言葉がまっすぐにはなたれることがないのもフィーネは知っている。そこにはコトノ主自身の思惑おもわくが乗り、彼女の意識する〈誰か〉への配慮はいりょが乗り、選びとりうる他の未来への牽制けんせいが乗る。その複雑な意図の全貌ぜんぼうをうかがい知ることは彼女の巫女みこであるフィーネにさえ不可能だ。

 であれば、まったく、み心のままに。

 たとえ神のてのひらの上で踊らされていようとも、神が人を愛する気持ちだけは、疑いようもないのだから──

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