ベッドの上で

 レオンはしばらく、サンリアの部屋のとびらの前で逡巡しゅんじゅんしていた。すると、中からサンリアが呆れた顔でとびらを開けた。

「……十分もそんなとこで何やってんのよ。入るなら入って」

「えっあっはい……何でバレてたんだ?」

「最初からひとりごとも足音も聞こえてたわよ。待つつもりだったけどさすがに時間かけすぎよ」

「うーん、何かすまん……」

 サンリアにまねかれ中に入る。

「椅子なんかないからベッドに座って」

「お、おう」

 サンリアが水差しを持ってきた。レオンは一口もらって溜息をついた。

「……セルシアがな、俺はサンリアの部屋に行った方がいいって」

「……。何で?」

 サンリアもレオンの左隣に、ベッドに並んで座る。近いな、とレオンは思った。

「さっき、フィーネを立てようとしてお前にキツく当たっただろ。あれをあやまりにきたんだ」

「ああ。別にわざわざ部屋まで来て謝らなくてもいいのに」

「だよな?」

「……あんたねぇ……まあいいわ。気にしてくれてありがとう。ちょびっとだけへこんだのはホントだから」

「ごめんよ。フィーネはまだ俺らに慣れてないからと思って、つい。でもセルシアがカバーに入ってくれてよかった。セルシアの歌聞いてから、お前もフィーネも仲よくしようって思ってくれたみたいだし」

「うん、あれは効いたわね……泣いちゃうかと思った。あんなに格好よく歌われると、ただしかられるだけより何倍もこたえるのよね」

「セルシアはカッコいいよな……。やっぱり、サンリアもセルシアのことが好きなのか?」

「っはぁ?!」

 サンリアがさけびながら後ろに倒れて大の字に寝そべった。

「フィーネはもうなんていうか、目がハートだっただろ。セルシアもいただきますとかなんとか言ってさっきフィーネの部屋に向かったくらいで」

「あいつ……! はー、油断もすきもないわね……まあフィーネがいやって言ったら手は出さないだろうし、そこは信用してあげてもいいけど。」

 サンリアはくるりとレオンに背を向けるように半分寝返った。フィーネの部屋で起こったことを知ったら、その評価も変わったかもしれない。

「私はセルシアのこと別に嫌いじゃないけど、恋愛感情の好きはないわよ。そりゃいいところはいっぱいあるけど、私の基準で致命的ちめいてきにだめなところもあるから……セルシアは無いなー」

「なるほどなぁ……俺は?」

「レオン? え? レオンが何?」

 サンリアはつとめて平静へいせいにすっとぼけた。

「俺のことは好きか?」

 だめだった。

「あー、レオンかー、レオンねー……んー……」

 サンリアはしばらくレオンに背を向けたままベッドの上でどう答えるか思案していたが、意を決して上体を起こした。ずいとレオンに顔を近づける。

「……いつもは、好きよ。でも今日のレオンは嫌い」

 今度はレオンがベッドに倒れこむ番だった。顔を両手で隠しているが、耳までまっかになっている。その反応にサンリアは満足した。

「……嫌い。……なの、なんでですか」

「教えてあげない」

「そんなぁ……謝ったのに……」

 自分で思い当たることはないのだろうな、と彼女は思った。そういう無神経なところが、いとしくて仕方ない時もあれば、腹が立って仕方ない時もあるのだ。今は、どちらかというと前者だった。

「ねぇ、レオン、その手どけて?」

 レオンはゆっくりと両手を横に拡げた。目は閉じ、顔はまっかなままだ。


 サンリアはそのくちびるにそっと自分のくちびるを重ねた。


「いつもの好きは、このくらいね」

 レオンがびっくりして目を見ひらく。サンリアの微笑んだ顔がすぐそこにある。心臓が口から飛びでるかと思った。サンリアが無造作にレオンを転がす。レオンはなされるがままに右肩を下に、サンリアに背を向けさせられた。首の下に手を入れられ、後ろからぴったりと抱きつかれる。

「今日の嫌いは、このくらい嫌い」

(何なんだこの可愛いいきものは。部屋に来てよかったなぁ)

 レオンはテンパりすぎて逆に冷静になってきた。

「これって、嫌いってことになってるのか?」

「そういうとこ、嫌い。絶対に今日のレオンには抱かれてやんない」

「えぇ……このままかよ……」

「……レオンは私のことどれくらい好きなのよ」

「俺、そもそもサンリアのこと好きって言ったことあったっけ……っぐ!? 首! まる締まる!!」

「嫌い」

「悪かったって! 大好き! 大好きだから!!」

 ふっと締まっていた力がゆるまり、首もとにくすぐったい笑い声が伝わる。幸せがすぐそばにあるたしかな感触。レオンはサンリアの腕の中でそっと寝返りをうち、軽く抱きかえしてサンリアの頭を撫でた。

「俺の好きはこのくらいだよ」

「……そっかぁ……うん、思ったより悪くないわ」

 サンリアが予想した展開ではなかったが、それだけ大切にしてくれているというのが分かったのだ。頭をレオンの胸にくっつけると、早鐘はやがねより速く心臓が鳴っていた。それでも彼はサンリアに手を出してはこない。相手を求めるだけが好きの形ではないことを、彼女は今、学んだのだった。


「……私ね、十一歳の時に……」

 レオンの腕の中で、サンリアはふと口にした。口にしてから、この話は今のレオンとの関係をぶち壊してしまうかもしれないことに気づいた。

「なんだ?」

「ううん、なんでもない」

「そうなのか? ……十一歳の時っていったら、前に言ってた、人を殺したことがあるって話か?」

「よく覚えてたわねそんな話……」

 あの時、闘技場で人を殺せることの話になった時、レオンは自分の心の整理で手一杯だったはずだ。

「話をするのが怖いのか? 大丈夫だぞ、サンリアがどんな奴なのかはもう知ってるから。昔の話を聞いたってそれが変わるわけじゃないだろ」

「うん……そうね……」

「話したくないなら話さなくてもいいけどな」

 レオンにポンポンと不器用に頭を撫でつけられ、サンリアは目を閉じた。

「じゃあ、いいかな……。おやすみなさい」

「うん、おやすみ。……え? 俺どうしたらいいの?」

「部屋に帰る?」

「何となくそれは不正解な気がするんだよな」

「ふーん?」

 サンリアは動けないでいるレオンを放置して布団に入りなおす。そしてさそうように布団のはじをめくった。

「じゃ、ここで寝る? ここに入ったら、ただじゃ帰さないけど」

「すぐそうやって挑発ちょうはつするの、よくないぞ。来てほしい時はすなおに……」

 レオンが靴を脱いで布団に入ってくる。優しいのはいいが、さすがにそろそろ子供あつかいはしょくしょうだ。サンリアはするりと彼のシャツの下に手をもぐりこませた。柔らかいが、筋肉の凹凸おうとつがしっかり分かる腹をつうと撫でる。

「サ、サンリア!?」

「ただの挑発だと思ったの? あんたってホントばかね。私、十一歳の時に処女を捨てたのよ。男の人の経験だって一人じゃない。レオンは私の巣穴に、自分から食べられにきたわけ。」

「待て待て、待ってってば、ちょ……」

 サンリアの手は止まらない。レオンの体を細い指で撫でまわし、自分を好きだと抱いておきながら安穏あんのんと眠っている獅子ししを起こそうとしていた。

「待ってって言いながら力が入ってない。期待してるんでしょ?」

「だってこんなせまいところであばれたらサンリアが……まずいってそこは、」

「この際はっきりさせておきたいの。森の中じゃできないから。あなた、私の全部……過去も、体も、こんなことする私も全部見て、それでも好きだと言える自信がある? 私はこれでもまだ、レオンの大切な人になれる?」

「やめろっ、こんな、こんな試し方しなくても! あっだめ、マジで」

 レオンはベッドから受け身も取らずに転がりおちた。そのまま靴を引っつかみ、前のめりになりながら這々ほうほうていで部屋から逃げだす。

「えーっ……しまったなぁ……」

 途中までだめではなかったはずだが、失敗した。明日から平気な顔して接してくれるだろうか? これで捨てられるなら、まあ自業自得と諦められる。彼女は溜息をついてひとり布団にもぐった。

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