気を取りなおし

 戦場に向かう道ゆきの上では、さすがに誰も今朝までのうわついた話を引きずることはなかった。

「そろそろお互いに何ができるか、共有しておいた方がいいと思います」

 セルシアの真面目まじめな提案に皆うなずく。

「じゃー俺からー。俺は雷の剣プラズマイドの主だ。プラズマイドは剣としては伸縮しんしゅく自在じざい両剣りょうけん、振りまわしたりするとちょっと危ないかなー。ちなみに真ん中で分かれて双剣そうけんにすることもできる」

 クリスがそう言ってプラズマイドの柄の真ん中をひねると、プラズマイドはそこから二つに分離した。片方だけでもレオンのグラードシャインとそんしょくない大きさだ。彼はそれをベルトの両側にした。

「知らんかった、なにそれかっけぇ……」

「ふふーいいだろー。ま、あと、俺の剣の腕は悪くない。それに、俺の持ってる技術でブーストというのがあって、やろうと思えば雷みたいに素早く動けるし、筋力も強くなる。長時間使えるたぐいのものではないけど、ピンチになったら頼っていいよー」

「ブースト技術は私達に分けられないの?」

「うーん、インプラントをかなり仕込まないといけないから、俺の世界に戻るならともかく、旅の途中では無理だなー。あ、仕込みで思いだした……。

 はい、フィーネちゃん、このお薬を飲んでほしい。ああいや、怪しいものじゃない。これには翻訳モジュールと医療モジュール、魔力補助モジュールが入ってるんだよ、セルシアさんやレオン君、サンリアちゃんももう取りこんでるやつだ。これさえあれば誰とでも翻訳不要で話ができるし、雷の剣の有効範囲内なら死の剣で斬られるか自分で傷つけたいと思った傷以外はぜんぶ治る。魔力補助モジュールは僕の世界の長にもらったやつで、きたえてるフィーネちゃんには要らないかもしれないけれど、まあセットで作っちゃったやつだから許してほしい」

「クリスさんってなんだかすごいですね……? 分かりました」

 フィーネが丸薬がんやくを手に取り、こくりと飲みこむ。

「特に違和感なかったら良し。もし気分が悪くなったらすぐに言ってね。僕もいちおう一級技術士の端くれだから、こんなところでも開腹かいふくオペくらいまではできる……」

「クリス君、戻ってきて」

 セルシアが溜息混じりにクリスの耳を引っぱる。

「……はっ! しまった。オートでしゃべらせてた。ごめんごめん」

「え? なんですか……?」

「あー……えっとねー、今俺の中にもう一人、別の人間がいる感じになってるんだ。ナノマシン技術はそいつの領分なんだよ。俺の意識が途切とぎれるとか二重人格みたいなことではないんだけどねー」

「それってリノのことか?」

「まあうん、そう。あいつのシュミ悪いおき土産みやげ。俺は二度と俺ひとりには戻れないってワケ。あいつを殺したばつってとこかな」

『うそつき。僕のことを忘れたら終わるプログラムだって伝えただろ』

(うるせー、無理だろそんなの)

 クリスは顔をゆがませて自嘲じちょうした。


「やっかいな女にのろいをかけられる話はたいてい男の側にも問題があるってことなんで僕は同情はしませんよ。それより、プラズマイドの話を続けて?」

「うふふ、やっかいな女の呪い……言いえてみょうだな……。

 おう、プラズマイドの能力はナノマシンを動かすだけじゃない。むしろメインはその圧倒的火力!

 プラズマイドから雷を出すこともできるし、プラズマイドで雲から落ちる雷をあやつることもできる。雷のエネルギーを貯めておくこともできるらしくて、今はかなりチャージされてるけど、これが切れたら俺の魔力から雷分のエネルギーが持っていかれることになるから注意しないとかなー。

 それと、電流から磁場じばをあやつることもできる。人間相手にはちょっと不調か?くらいにしかダメージを与えられないけど、鳥なんかの磁気じき受容じゅようのある相手、それから鉄に頼る相手なんかには天敵になると思うねー」


 レオンはクリスの説明を聞きながら、さっぱり分かんねえな……と少し眉を寄せた。

(ジバ? つよそー……いや、あきらめるな俺)

「あーそういや、電気でできることっていったら、火も起こせるんだっけか」

「うん、できなくはない。お前の光の剣と効率は同じだけどな。

 それより帯電させて引力や斥力せきりょくで振り回す方が威力は高いはずだよー。

 あとは電気分解とかだけど、このへんになってくると制御も難しいわりに大したことできないから覚えとかなくていいと思う。他に質問あるかなー?」

 クリスが一同を見回す。レオンは何から聞けばいいのか分からず沈黙を選んだ。サンリアが手を挙げる。

「雷をあやつる時は雲がないといけないのかしら?」

「雷雲があるとベストだね! フィーネちゃんとサンリアちゃんの協力があれば、晴天でも雷雲を作れるとは思うよー」

「雷雲ってどう協力すればいいんでしょう?」

「フィーネちゃんが氷晶ひょうしょうを作って、サンリアちゃんがそれを空に巻きあげる。細かい水滴でもいい、吹きあげられる途中で凍ればいいからねー。すると摩擦まさつが起きて雷雲になるんだ」

「ちょっとやってみましょうか……」

「いや、私達が水の上にいる状態でやるのはやめましょ? 戦いは四日後なんだから、街に着いてからが安全だと思うわ」

「そうだね、いろいろ実験する時間があってよかったよー。それじゃ次はフィーネちゃんかな」

 クリスの難しい説明が終わったか。要は雷が出せて、できれば雷雲があると楽、ってことだろう。……それだけ分かっていれば十分のはずだ。レオンは気を取りなおしてフィーネの方を向いた。


「はい、私は水の剣アクアレイムで水をあやつることができます。アクアレイムはふだん実体を持たない剣です。私の魔力で刀身を作りますので、サイズはいろいろ変えられるんですが、重いのは苦手なのでだいたい細剣レイピアにしています。ランザーより大型の魔法生命体も作れます。水をあやつって大波や鉄砲水てっぽうみずを起こして押しながす……恐らくこれが一番攻撃には適していると思います……残念ながら、男性にくらべると剣を振る力は弱いですので……。

 水のないところに水をかせることもできます。正確には、水のあるところから引っぱってくるか、大気中の水分を水に変えるだけですが。逆に水があるなら蒸発させたり、凍らせることもできますね。

 それから、相手に私の手か剣が当たりさえすれば、血液なんかの体内の水分をあやつることができます。もう、めちゃくちゃにできちゃいます」

 フィーネがにっこりと笑い、場は一瞬フリーズした。

「……あ、でもそれいいわね。私もやってみようかしら……人間風船」

 サンリアがなにやら恐ろしいことをつぶやく。


「サンリアさんはどういう魔法が使えるんですか?」

「それじゃ、私の番にするわね。私の剣はウィングレアス、風の剣。これね。この風車かざぐるまの刃を回したり飛ばせたりするわ。使える魔法は、風を起こして飛んだり運んだり吹きとばしたり、音をごまかしたり、匂いを運んだり……最初はしてたんだけど、どうやら空気じたいをあやつれるみたいなの。

 だから、生きもの相手に一番てっとりばやいのは窒息ちっそくさせることだわ。もちろん、魔法生命体とか息をしなくていい相手には効かないんだけどね。

 それから、空気の圧力を高めてしつぶしたり、かまいたちを作ったりすることもできるわ。この辺は水と一緒かしらね。するどい水ははがねも切りさくっていうし。

 あとは、竜巻、それから雲ね。やったことはないけどできると思う。エネルギーを貯めておける機構はついてないから、大規模なのはもしかしたら途中で息切れするかもしれないけど……。そこは試してみるしかないかなぁ。前にレオンと二人で飛んだ時は、一時間弱くらいもったわ。だから環境次第ではあるけど、戦力には数えておいてくれていいと思う」

 あの、くまから逃げた時か。レオンはたった二ヶ月ほど前のことをなつかしく思いだした。


「はーい質問ー。規模によって疲れ方は変わるのかなー?」

「そうねぇ、多分動かす空気の量で変わるんじゃないかな。窒息が一番って言ったのもそこ。呼吸に使う空気なんてほんの少しだけだから」

「なるほどねー! いやー面白いなぁ、道理で夜営に虫が出ないはずだ。ほんのちょっぴりの真空帯しんくうたいを作っておくだけで、小動物はそこを通っては入れないんだなー」

 クリスが感心してうなずく。レオンはいつの間にか深化しんかしていたサンリアの戦い方におどろいていた。雷様に聞いたのだろうか。


「んーと。つまり、クリスが雷出せて、ジバ出せて、雷雲があるといいなってとこか。フィーネは水で押しながすのと、ランザー改を作れる。人間の体もいじれると。サンリアは窒息させるのと、風を使っていろいろできるんだな!」

「磁場出せるって、お前……」

「まあ、レオンの理解はそれで良いわよ……」

 なぜかクリスとサンリアにまで呆れられて、レオンはしょっぱい顔になった。

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