英雄は聖にあらず

 その日はコトノ主のはからいで出立せず、皆で街の宿を取ることになった。フィーネにとっては初めての外出になる。いきなり初対面の人間達と野宿では気も休まらないため、まずともに食事でもとって親交を深められるようにと意図されたものだろう。部屋はサンリアとフィーネが個室、男性陣が四人部屋一室だった。

「別に同じ部屋でも仲よくやれるのに。ねぇ?」

「ええ。何も問題ありません」

 夕食にと選んだ食堂でも、変なところで意地を張りあう二人。レオンは魚のフライを取りわけた皿をサンリアに手渡しながら、彼女をたしなめた。

「そういうとこだぞ、サンリア。あんまりフィーネをいじめるな」

「リオンさん、私なら大丈夫ですよ。年上ですので」

 サンリアが十三、フィーネが十六ということが知れてから、フィーネは年齢マウントをことあるごとにとるようになった。レオンは頼むから仲良くしてくれ、と思いながらフィーネにも皿を手渡した。

「フィーネも、サンリアにあんまりかまうなよ。年上ならさ」

「むう……分かりました……リオンさんがそうおっしゃるなら」

 フィーネはなぜかひとつ年下のレオンに対しては素直でしおらしい。今、皿の下で手が当たらなかったか? それを見ているとサンリアはついムキになるのだった。

「なんでよ、仲よくできるってば」

「あのなぁ、いきなりお前みたいなアクの強い奴とぶつかったら大丈夫じゃない子だっているんだよ。俺だって最初は大変だった」

「リオンさん、おかわいそうに……」

「……フィーネあんた私と仲よくする気、ないでしょ」

「サンリアさんにはあるんですか?」

 まさに一触いっしょく即発そくはつ。クリスが年少組のいざこざを楽しんでいるのを隠そうともせず笑顔でとなりに話しかける。

「セル、これどうするー?」

「見てる分には面白いですが……レオン君には荷が勝ちそうですね」

 セルシアがティルーンを背中から降ろし、つまきはじめた。



かくて英雄は剣を振るう

その背に負うは幾千いくせんの民

色を好み大酒食らうとも

その剣に一切の迷いなし


 はげしくはないが力強くうつくしい歌声と楽の音に、サンリアもフィーネもだまって耳をかたむけはじめる。


見よその栄光なる過去を

見よその祝福ある未来を

誰か彼の者の難儀なんぎもっ

仕業しわざを非難しようぞ

英雄がひとなりひじりあら

おこなひし仕業しわざのみにあらわれる

誰も英雄の全てを知らぬ

知らねど仕業以て信あり



「……私、しかられてる?」

 セルシアの詩を聞きながら悲しそうにサンリアがひとりごちる。英雄の資格は聖人であることではなく成した奇跡の数である、と、性格が合わぬからと非難せず英として成すべきことを為せ、と言われている気がした。

 レオンは残念ながら歌詞からそこまでの機微きびは理解できない。ただセルシアは今日も歌が上手いなぁと感心するのだった。

「なるほど……英雄とは……素敵すてきです、セルシアさん……」

 フィーネがうわごとのようにつぶやく。フィーネだけでなく、段々と食堂全体がセルシアの歌声に聞きいるようにしずまっていく。

「いや歌詞……、あいかわらず力技だなぁ……」

 この中で一番セルシアの歌の、特に女子に対する破壊力をたりにしてきたクリスは、かなわないなと舌を巻いた。


 やがてセルシアの英雄讃歌えいゆうさんかが終わると、狭くはない食堂がドッときあがった。

「すごい、すごいです、セルシアさん……私、あの、まちがってました」

 喧騒けんそうの中、フィーネが涙目でセルシアの手を取る。セルシアはフィーネを優しく見つめながら、そっとその手を握りかえした。

「いいんですよ、フィーネさん。水はまっすぐには流れませんが、それがより多くの大地をうるおすのです。ならそれはまちがいなんかじゃない。そうでしょう?

 僕達はうそいつわりや無理のない、ありのままの君を受けいれたいと思っているんですよ。僕を信じて、一緒に旅をしませんか?」

 フィーネは感極かんきわまったように顔をあかくして何度もうなずいた。サンリアはセルシアの口説くどきおとしをしりに、そっとレオンの肩にもたれかかった。

「……なによ。レオンはもういいの?」

「? 何がだ?」

「何でもなーい!」



 宿に戻り、おのおの部屋で休む時間になった。男部屋はセルシア、クリス、レオンとじーちゃんの三人と一羽だ。

 クリスが二段ベッドの上段から下段のセルシアに声を掛ける。

「セルはもう完全にフィーネちゃんがかりになりそうだけどいいのー?」

「うん? あんなかわいらしい女の子なんて、何人でも歓迎かんげいですよ」

 セルシアはティルーンの手入れをしながらいらえた。

「なんかよく分かんないけどあの歌でサンリアの機嫌も直ったし、あの後は二人、普通に仲良さげに話せてたよな。セルシアのおかげで助かったよ」

 セルシアの反対側のベッドでレオンがこくこくとうなずいた。

「僕がいただいていいんですか?」

「え?」

「いえ、自覚が無いならいいんですが。」

 セルシアの言葉にまったく心当たりのないレオンは、目をぱちくりさせた。

「やーでも会ったその日に落としにかかるとはねー。セルがそんなに手の早い奴だとは思ってなかったなー」

きつけたのはクリス君でしょ?」

 セルシアが不服そうに上段のベッドの底板そこいたあおぐ。

「えー俺のせいになるの? それは都合つごう良すぎないー?」

「クリス君のせい、とは言いませんが、僕が僕の都合だけでかっさらったと思われるのは心外ですね。あの場での最善だったでしょう?」

「でも今いただくって言ったよねー?」

「それは役得やくとくというかなんというか。貰えるなら貰っておくというか。ぜん食わないわけにもいかないでしょう」

「はーこれだからセルは。ひどいひどい。未来の俺の彼女は寝取るなよー」

「え、そこは約束しませんよ? 未来のことなんて分からないし」

「フィーネちゃん大事にしてー?」

「それはしますよ、当然でしょう」

 何かじゅんしていないか。クリスが頭の上に?マークを並べている間に、セルシアはティルーンの手入れの仕上げに試し弾きをし終え、それを抱えて立ちあがった。

「セル、どこ行くのー? もしかして」

「ええ、フィーネさんの部屋です」

「は!? ダメだろそれは」

「ダメかどうかは本人が決めることですよ、レオン君。君だって行った方がいい部屋があるんじゃないですか?」

「俺!? 何それ、サンリアの部屋ってこと? 殺されるに決まってるだろ」

『サンリアはまちがいなく、レオンがフィーネの肩を持ったことを根に持っておる。あやまるなら今のうちじゃぞ』

「じーちゃんまで!?」

「あーはいはい、二人とも出ていきなー。せいぜい青春してこい。俺は寝るよー。負けて帰ってきたらほねは拾ってやるさ」

「えぇ……本当に行った方がいい、のか……?」

 レオンは上の段のクリスに声を掛けたが、クリスは背を向けてしまい何も答えなかった。

「さあさあ、男をあげるなら今ですよ」

 セルシアはレオンの肩を抱いて部屋の外に連れだした。

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