水の剣の主

『やめよ、コトノ。おぬしはあいかわらず人の心を知らん。今伝えるべきことはサレイのことではないじゃろう。夜の民の軍勢が来る。それで?』

『そうね。ごめんなさい、話がれました。夜の民の軍勢は私をこの世界からうばって滅ぼす気でいます。私は水の剣の主をもってそれを退しりぞけたい。ですので、あなたがたには彼女の補佐ほさをお願いしたいのです』

「それって、もう水の剣の主は決まってるっていうこと?」

 サンリアの言葉に、他の三人は我にかえった。水の剣の主がそく仲間になるならありがたいことだ。

『ええ、水の剣の主は生まれた時からのさだめ。彼女が次代の娘を産みそだてぬ限り、水の剣は彼女にしか振るえませぬ。彼女達の血筋は古くから巫女みことして、私の管理下で保護しております。産む子は必ず娘のみ。おのが娘が十歳を迎える時に水の剣の主の役割をゆずり、全てを忘れ宮を出る。そうして代々守ってきた母の血です』

「どういうこと? 男の子だったらどうするの?」

『おのこになることはございません。また、産まれないということもございません。私が娘を選びあたえますので』

 ヒュッとサンリアが息をんだ。いたずらに生命の誕生をもてあそぶ、神と呼ぶにはいびつ異質いしつ怪異かいいのように思えた。気持ちわるい、というのが本音だった。産む子を選びあたえるとはどういうことだろう。娘となる精をコトノ主が母胎ぼたいに植えつける、のだろうか。そうして産まれた子は、人間だろうか。

『というわけで、現巫女を呼んでまいりました。フィーネ、こちらへ』


 呼ばれてプールから直立に浮かびあがってきたのは、レオンと同じくらいの年かさの少女だった。水の中から出てきたというのにいっさいれていない。水色の髪に水色の瞳、水色のワンピースに青いチョーカーと靴。人形のように表情にとぼしく、そして、コトノ主にそっくりであった。

(やっぱり、人間とコトノ主の娘ってこと……? 代々って言ったわよね……)

 サンリアは新しく仲間になる相手に作り笑いを浮かべながら、コトノ主へのけんかんつのらせた。フィーネ、〈終わり〉を意味する名前。それは彼女の母が娘にかけた願いであったかもしれない。

 フィーネは、礼儀正しくスカートのすそつまんだ。

「おはつにお目にかかります、水の剣アクアレイムの主、コトノ主様の巫女フィーネでございます。よろしくお願いいたします」

「音の剣オルファリコンの主、セルシアです。僕達は仲間になるんですから、敬語なんかなしで仲よくしてくださいね」

「風の剣ウィングレアスの主、サンリアよ。女の子が増えて嬉しいわ」

「雷の剣プラズマイドの主、クリスだよー。よろしくねー」

「グラードシャイン、あっ光の剣の主、レオンだ……です。よろしくです」

 レオンがめちゃくちゃ緊張しているので、サンリアは可笑おかしくて気が抜けた。別にフィーネのしゅつなど関係ないではないか。大切なのはこれから、彼女と信頼関係をきずくことだ。

 全然レオンのことは好きなタイプでも何でもないが、彼の善性ぜんせいにはいつも心が軽くなるな、とサンリアからも本物の笑顔がこぼれた。


「セルシアさん、サンリアさん、クリスさん、リオンさん」

「レオンです」

「リ、ルレイ、レィーオン……リオンさん」

 フィーネは何度かレオンの名前を練習したが、こうそうすことはなかった。

「あ、あの、リオンでも、いいっす」

 レオンが照れながらそう言うと、フィーネは少し微笑んだ。

「すみません、ありがとうございます」

 その顔が見られてよかった、とサンリアは安堵あんどした。少なくとも、彼女は人形ではなく、自分と同じ人間だ。

『フィーネは宮で生まれそだちましたが、魔法と水の剣を用いた戦闘技術と、宮勤みやづとめの人間達によりひととおりの社会性を身につけさせてあります。多少箱入り娘な部分は否めませんが、困るほどではないと思いますよ』

 コトノ主が自分の作品のようにフィーネを紹介したのでサンリアは呆れた。これがいわゆる神目線、というやつか。

「コトノ主様。フィーネは人間なんでしょ。見たところ私よりちょっと年上なくらい? レオンより上かしら? あのね、普通そのくらいの歳の子は、もっと屈託くったくなく人とぶつかる程度の若さがあっていいと思うのよ。あとは彼女に任せてよけいな口出ししないで。フィーネはあなたの人形じゃないの」

「主様を侮辱ぶじょくなさるんですか?」

 フィーネから笑みがき消える。いつの間にかその右手には湖のように銀色にかがやく細剣レイピアが握られていた。水の剣、アクアレイムだろう。

『あらあら、大変! 喧嘩けんかしないで? うふふ、さすがはナギラのおまごさんね。フィーネ、大丈夫ですよ。えいである彼女達はちょうである私と対等。今この場よりあなたも私と対等なのです。それに、ええ、たしかに今の私の発言は、対等なはずのあなたのことを尊重そんちょうしないものでしたわ。謝るのは私の方なのよ』

「主様、ですが私、それは……」

『仲よくしなさい。それが私の望み』

「はい……」

 フィーネがすっと能面のうめんに戻る。しかしその内の熱を感じられたことで、サンリアは挑発ちょうはつしてみた甲斐かいがあったな、と思った。レオンはきもを冷やし、クリスは面白そうに女性陣をながめ、セルシアは興味深げにフィーネを観察していた。

「私も二人に失礼なことを言ったわ。コトノ主様、フィーネ、ごめんなさい。あらためて言うけど仲よくしてね」

「ええ、こちらこそ、サンリアさん。喧嘩慣れはたしかにしていませんが、負けませんよ」

 余裕のある笑みを浮かべて右手を差しだすサンリアと、無表情でその手を取るフィーネ。

『育て方をまちがえたかのう……』

『私もですわね……』

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