人を斬ること

 目の前で、自分の手で、確実に人を殺した。

 殺さなければ、殺されていた。

 殺したと思ったのに、生きかえった。

 なんとも言えない気分だった。


 レオンは闘技場の上ではカッコつけていたが、控室に戻っていた。それまでの試合で人を傷つけることには慣れたと思っていたけれど、さすがに即死攻撃はこたえた。それとも、とっくに限界だったのかもしれない。平気だと目をそむけていたよどみがあふれでただけのことだったか。

「まだふるえてる。ムリしないで……レオンは十分がんばったわよ……」

 サンリアが隣に座り、背中をさすりつづけてくれている。ありがたいが、レオンはそれすらも怖かった。いや、自分が次の瞬間、サンリアをおそいそうで怖かったのだ。


 サンリアの顔が縦に割れる。そして、今度は、返らない。

 二度と。


「いやだ、いやだ……もう、いやだ……」

「人を斬る痛み、恐ろしさ。ようやく身にみたようですね」

 セルシアはかべにもたれて立ち、レオンに声を投げかけた。自分が傷付く経験よりも、人を斬る経験の方が痛い。セルシアはとっくにとおりすぎた彼自身の過去をレオンに見ていた。

「でも俺は……今までも……セルシアの街でも……他の生き物も……殺、うぐっ……この、剣で」

「そうです。君は気づかなかった。だから殺戮さつりくできた。これからは、殺人を行うことになります」

「セルシア、ちょっと……今そんな話しなくても」

「サンリアちゃん、レオン君には次の試合がまだあるんですよ。しかも次は、顔見知り相手です。このままでは戦えない」

「だから、もういいじゃん! 棄権きけんでいいわよ! こんな武闘会、私達にはなんの意味もないわ!」

「レオン君には意味があるんですよ。僕達はこれから、剣の力を使って、人を殺していく。彼にはその覚悟が足りなかった。ここで立ちあがれないなら、これ以上旅は続けられません。

 ……サンリアちゃんは、人を殺したことがありますね?」

「なっ……」

 肯定形こうていけいでそんな質問をされると思っていなかったサンリアはおびえた。レオンの肩を支える手がこわばる。誰にも知られたくない過去。一番聞かれたくない相手。サンリアの胃の底がぎゅうと熱を帯びた。

「詳しく話を聞きたいとは思っていません。誰だってたいてい思いだしたくもない記憶です。でも、あなたは命を相対的に見ている。自分の命も、他人の命も、他の生物の命も。

 生まれついての才能でなければ、自分の責任において、命のやり取りをしたことのある人間特有の考え方です」

「……おどろいたわ。やっぱりあなた、こわい人よ」

「優しいやり方は得意じゃないんですよ」

「そんなので、その商売成りたつのかしら?」

「おやおや、おじょうさん十歳くらいさば読んでません? 今の返し最高ですね」

「えぇ、やだ……」

 サンリアは閉口へいこうした。


 レオンはまだ震えていたが、うめくように声をしぼりだした。

「俺……俺は、負けたくない」

「武闘会で、ってこと?」

「いや、そうじゃなくて……弱い俺に負けて、旅をやめたくない」

「レオン……」

「なあセルシア。剣の仲間になったら、皆これを知るのか? 人を斬るって、こういうことでしかないのか? こんな、どうしようもない怖さを、セルシアも、サンリアも知ってるってことなのかよ」

「レオン君……」

「……そうよ。私は十一歳の時に、人を殺したわ。ひとりでやったわけじゃないけど、それでも私が殺そうと思って殺したの。その前にそいつに私の……尊厳が殺されて……殺しかえしても、戻ることはなかった。

 悲しかった。私が人を、殺せる人間だということが分かってしまった。もう子供の私には戻れなかった。色んなことの選択肢に、殺す、という行為が混ざるようになった。

 怖くて死にたくなった。でも、それすら自分を殺すってことだから、いやだった。」

 レオンははっとしてサンリアを見た。今の自分も同じだ、と理解できた。サンリアは柔和にゅうわな笑みを彼に向けた。


「あのね、人を傷つけなければ、その人と一緒にいていいのよ。」


 レオンの目から唐突とうとつに涙が溢れでた。限界で耐えていた心が、せきを切ったように動きだす。さっきの、サンリアを殺す幻覚を、絶対に本物にしたくない。一緒にいたい。旅を、続けたい。


「だから私は、必要な時いがいはどんな時でも、攻撃しない選択肢を選びつづけてるの。剣を振るかわりに手をつなぐ。毒を盛るかわりにごはんを作る。首を絞めるかわりに抱きしめる。それを積みかさねて、私は、人を殺さないこともできる人間だと分かったの。

 大丈夫よ、レオン。あなたは優しい人。剣を正しく振るい、人を守ることのできる人よ。殺人鬼になんかならない。この旅を続ける以上、これからも人を殺さないといけない時はきっと来るわ。そんな時は、自分が何を守るために相手の命を奪うのか、しっかり考えて、腹をくくるのよ」

「俺にも……できるかな」

「できるはずよ。私はレオンを信じてる」


 少女は少年の両手を握り、優しく微笑んだ。その笑顔は、救いを求める少年の渇望かつぼうに染みわたった。もはや少年の手は震えていなかった。

 セルシアはそのようすを観察し、畏怖いふと共に心に留めおいた。

(まるで洗脳のようだ。この短時間の説得で、見事彼女に命をささげるナイトの誕生だ。手腕しゅわんあざやか、ですね。さては初めてじゃないな? 口先三寸は僕の専売特許だと思っていたが……怖い人はあなたですよ、十三歳のオレンジ姫)

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