混ぜるな危険

 ひかり。におい。くらくらする。あまい。うるさい。しびれる。いたい。きもちいい。なにをされている? べつにどうでもいい。うっとうしい。たりない。のどがかわく──


「あーあ、ガンギマリじゃん。数日でこんななる? 普通。勘弁かんべんしてよね」


 かわいい、声。カランカランとかねの音。何かを口に突っこまれる。途端とたん口蓋こうがいから頭蓋ずがいへ電流が駆けぬけるような衝撃を感じた。

 視界が、五感が、思考がジャックされる。いや、ジャックを解除されたのだ。頭の中が明確にクリアになっていく。

「──っ、あー……効いたァ………」

「だっさいなぁ……」

 毒づく眼前の天使に、彼は抱きついた。

「うわっ!? ちょっと、もう大丈夫なはずだよ! まだおかしいフリなんて通用しないからね!」

「分かってる、愛してる、リノ、んちゅー」

「うわーやめろー! 臭い! 汚い!! 水風呂で頭冷やせクソ野郎!!」

「こらこら……僕の前でイチャイチャするのやめてもらえますか……」

 同じく口内に注射を打たれ、まだぐったりとかべにもたれて座りこんでいる灰色の髪の青年が、力無く笑った。被せなおされたヘッドセット以外、全裸で。

「おにーさんもだよ……何がどうなって二人ぱだかでこんなとこにポイされてるんだよ……」

 そこは薄暗いホテルの廊下。ティルーンなどの荷物や衣類は彼らのそばに捨てられてそのままになっており、それが治安は悪くても犯罪は少ないことのしょうかもしれない。

「女の子達と楽しく遊んでるところで何か多分食べた? 飲んだ? 吸った? かして、そこからはちょっと自信ないです」

無防備むぼうび!!」

「いやー、うん……次から気をつけますね……」

「ラリッてるセルシアさんもーさいこーだったよぉ」

「……こいつの仕業しわざ?」

「あー、んー……まあそうかも?」

「なんか……ごめんね……。こいつに入れてあるモジュールがあんまり長いこと酩酊めいてい状態しめしてたから来てみたんだけど。もうちょい早く来るべきだったか」

「なーに、心配してくれたのー? リノも混ざるー?」

 振りほどかれ地面にひしゃげたクリスが手をのばすと、リノは

 カラン……

 と無言の鐘ひとつでこたえ、クリスはその冷たい瞳に被食者ひしょくしゃの本能を自覚した。目を伏せひたいを床にこすりつける。体が震えるのは恐怖か、歓喜かんきか。

「……すんません」

「うん。次うざがらみしたら捨てて帰るからね」

「ハイ……」

「あと国外の客人に変なパッチ使わないで」

「ハイ……でもセルシアさんが」

「言いわけ無用」

「ハイ……」

 そのようすが、奔放ほんぽうすぎるおさな馴染なじみ達をしかる苦労人の親友に似ていたので、セルシアは懐かしく可笑おかしくてニコニコとながめていた。全裸で。

「おおかた宿代が切れて部屋から追いだされたんだろうけど……まず風呂に入らないとだからまたひと部屋借りたから。ほら二人とも荷物と服持ってそこの部屋入って。さっさとシャワって出てきて」

「あの、リノさん……クリス君と一緒にシャワーはちょっと」

「お前ホントに何したの!?」


 仕方なく、リノは大の男が二人で入る風呂場のドアを開けて見はり番をした。クリスは「ちょっといいかも」などとふざけていたが、リノは完全に無視した。

「あのさぁ、大会までもうあと二日なの。知ってる?」

「お、もうそんなに経ってたかー」

「お、じゃないんだよ! 僕が助けにこなかったらお前ら出場すらできなくなるとこだったぞ!? その場合クリス、お前はまちがいなく有罪だ。雷様が呼んだセルシアさんをたぶらかした罪」

「そんなー、俺は誑かされた側だよー! がねすっからかんだしー。こんな美人なお兄さんがさー、金さえ払えば何でもしますよーなんて言っちゃうのがよくないんだよー」

「ははは、マスクは付けてないけどクリス君の声は普通に聞こえてるんですよ」

「そして否定はしないんだねセルシアさんも……はぁ、いやな化学反応だな……。てか何? 有り金すっからかんって言った?」

「あっ、そうじゃんリノちゃん貯金も……! ごめん!」

「別に? 元々クリス……脳味噌のうみそ下半身野郎の金だし、謝らなくていーけど。僕んとこに来るはずだったものがこんな一時の快楽に使われたのはなんとなくムカつくな。その顔やめろ」

「リノ……そんなに俺に期待してくれて……むり、我慢がまんできない。今からいただきます」

「え、何そういう流れ? お手伝いします」

「違あぁぁう!!!!!!」

 リノは忌々いまいましげにかべを叩いた。正気には戻せたのだから、このまま捨てて帰るかとも思う。しかし技師として、大会に出る前に二人の体のメンテナンスも必要だと判断し、その晩は彼の自宅に引きずって帰った。

 そんなわけで、セルシアが宮殿に戻ったのは、本当に大会前夜となったのだった。

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