三全音…弐…

武闘会に備えて

「ふう。よし、そろそろ王宮に着くよー。カッコ悪いとこ見られたけど、俺はそれでもこの国が好きなんだ。大切な人がその才能を発揮はっきして楽しく生きていられる、この国がね。

 そして、この国がこうるのはまちがいなく雷様のお陰なんだ。モルガンのも、そこは分かってるから理性では認めてはいるんだよねー。だから皆もこの国を好きになってくれると嬉しいなー」

 クリスが口のはしだけで笑い、前方にそびえる水晶すいしょうの宮殿を指さした。いくつものとうを抱え、何千人もの人が中で働いているであろうその宮殿は、全てガラスなのか水晶なのか、青く透きとおっている。午後の陽光ようこうを受け燦然さんぜんとかがやくそのさまは、ARで飾らずとも壮観そうかんだった。




 ゴンドラがゆっくりと駅に入り、ゲートが開いた。タラップに、白髪を短く刈りあげた初老風の男が立っていた。切れ長の目を強調するような目尻のすみと、ひたいに生えた小さな黒い角が、人の良さそうなその顔立ちにあって異彩いさいをはなっていた。

『よう来た、我が旧友のすえ達よ』

 口は開かない。じーちゃんと同じく念話のようだ。

「げ、雷様。待ちかまえてたのー?」

『まさか。今来たところだよ』

「ならよかったけど、現場が混乱するからあんまりうろうろしないでほしいなー。執務しつむの間まで連れていくのにー」

『ナギラを助けるためさ。サンリアよ、出してやってくれ』

 サンリアは言われて背負袋の口を開けた。じーちゃんが器用に羽と脚を使って外に飛びだした。

「お、昨日のフクロ……ん、フクロウじゃない、人なのか!」

 クリスがおどろき、レオン達もおどろいた。AR越しに見るじーちゃんの顔にはタグが付いていた。

【公開情報 N=マルカトリラ=エズベレンド十五世 シロフクロウ(人格転写)】

『……雷公?』

 じーちゃんが怪訝けげんそうに雷様を見やる。

『そうした方が過ごしやすかろう?』

「……じーちゃん、シロフクロウ(人格転写)って書かれてるわよ」

『まあ……まちがいではないか……。念話もどうやら既知の技術のようじゃし、乗っからせてもらうとしよう』

「リノが見たらきっとめちゃめちゃ興奮こうふんしたのになー!」

『ワシを研究しても生身のフクロウの構造以外何も出てこんぞい……あの者からは逃げることにするのでよろしく頼む』

『空を飛んでしまえばいい。いくらあの子とて、空を舞うことはできんよ。おじょうさんと違ってな』

 雷様がサンリアに微笑ほほえんだ。なぜクリスの前で剣にまつわる話をするのか? ルール違反ではないのか? サンリアは少し困惑したが、意図をつかみきれないのに不用意な発言をしてはいけないのでぐっとだまった。

 雷様がエントランスまで迎えにきたので、クリスとはその場で別れた。クリスも武闘会には出場するらしく、皆の活躍も楽しみにしてるよー!とニコニコ握手していった。


『さて、このゴンドラにまた乗ってほしい。私が運転していく』

 雷様にうながされ、乗ってきたゴンドラに再び全員が乗ると、明らかに今までとは違う動きでゴンドラが飛んだ。今までの動きが電車に近いとすれば、今はバイクに乗っている感覚だ。人の頭上や柱の間をって、すいすいとゴンドラは宙を泳いだ。


『君達には大会まであと二週間、客人として西の瑪瑙めのうきゅうに滞在してもらう予定だ。簡単な木人もくじんや的などは用意してあるが、もし訓練で必要なものがあれば気軽に私に言ってほしい。私に用意できるものであれば用意しよう』

「失礼ですがまず、武闘会の具体的な話をお聞かせねがえませんか? どのような形式で、どんな制約があって、何をもって勝敗が決定するのでしょうか」

 セルシアがスッと挙手したあと、その手を静かに振りおろし胸に当て、少しこうべれて片膝かたひざをついた。恐らく敬意を表する挨拶だろう。

『ああ、それはもっともだ。ところで、私に対してそのように改まる必要はないぞ。君達は剣の仲間であり客人なのだ。ナギラに対する態度と同じでよい』

『もうナギラとは名乗っていないんじゃがな。エズベレンド十五世、エズベレンド公、マルカトリラ殿に直さんか?』

『ああ、こういう面倒くさいことも私は言わないからな。あのナギラが私の中でナギラ以上の価値であるものか』

『誰が面倒くさいじゃと!?』

「じーちゃんはだまってて」

 サンリアにぴしゃりと叱られ、じーちゃんは荒々しく羽音を立てたが、それ以上は何も言わなかった。


『さて、武闘会の説明だったな。一対一のトーナメント戦で、得物えものは近接武器一本のみ。鉄以上の硬度を持つ防具は禁止。事故や怪我に対応するため、必ず医療モジュールを設定しておくこと。これはさっきモルガンの店で君達も条件をクリアしたから問題ない。これさえあればそれこそ首が飛ぶようなひどい負傷ふしょうでも死なないし、完治に時間は掛かるかもしれないが後遺症も残らないから安心してくれ。

 敗北宣言はいつ出してもよい。医療モジュールが無ければ死んでいたと認められる場合、敗北宣言ができない状態になったと認められる場合はその時点で敗退とする。武器を手ばなして十秒カウントされても敗退だ。

 それから、フィールドは私のナノマシンにより相手に対する妨害のたぐいは無効となっている。また、なんらかの方法で相手に知覚できなくなるモジュールもだ。並の魔法は発動しないものと考えた方がいい。

 ただし、このナノマシンを上回る〈奇跡〉を用意することが可能であれば、違反とはしない。つまり、君達の剣の権能けんのうは十全に発揮はっきできると考えてよい。

 ああ、でも光の剣による視力破壊や音の剣による聴力破壊などの機能破壊は、正しく医療モジュールを設定してある相手には、永続しないと思っておいてくれ。それから、外野や審判にまで影響が出る妨害や知覚遮断を行った場合は違反退場となる。戦いぶりが分からないものは意味がないからな』

「参戦しない、という選択肢もあるのかしら?」

『もちろん、強制ではない。実戦により技量をあげる経験になるかと思って提案しているだけだからね』

「それじゃ、私は辞退しておくわ。魔法も無い中でウィングレアスは異質いしつすぎるもの。風を起こしたり空を飛んだり……出場したって誰の経験にも応用できないわ、きっと」

『それは一理あるかもしれないな。後の二人は?』

「僕は出ますよ。まだオルファリコンで人を斬った経験が少ないんです。殺さないで済むならありがたい」

「セルシア……怖いこと言うなぁ! でも、俺も出るよ。確かに実戦経験は全然ないもんな。死なないならありがたい」

 かくしてセルシアとレオンは、似ているようでまったく違う動機で武闘会に参戦することになった。


 用意された宮殿は、豪奢ごうしゃではなかったが機能的で美しく、居室も寝室も浴室も三人各々に十分すぎるほど広い部屋が用意されており、とても居心地がよかった。居室にはフルダイブ型シミュレーション機が置いてあり、武闘会の模擬戦闘ソフトが充実していて、なんと実際には出ないビームまで出せたので、ゲーム好きのレオンは歓喜した。もちろん雷様が先に言っていたように中庭で真剣を使って木人を殴ることも、セルシアとレオンで手合わせすることも可能だ。

 だがレオンが困ったのは食事だった。各々の居室にルームサービスが来る形で、何を隠そう彼は今まで食事を一人で食べる習慣が無かったのだ。最初は目新めあたらしさで食が進んだが、よく朝には寂しさが限界に達していた。

「おはよーセルシア、朝飯はもう済んだか?」

「おはようレオン君。今からですが、どうしたんです?」

「一緒に食わね?」

「……いいですよ。サンリアちゃんも誘いますか?」

「う、うん……頼む」

 サンリアと聞いて耳を赤くするレオンを見て、最初から二人で食べればいいのに、とセルシアは面白くなさそうに片眉をあげた。

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