文化の違い

「世界を救いたい、なんてだいそれたこと、まあ僕ならできるかもしれないけど。それを目標にしてたわけではないんです、実は。

 …兄を、ヨナリアをさがしたかったんだ。旅に出ればもしやと思ってた。じゅんぎょうしても手掛かりは見つからなかったから、音の民のりょういきから出たのはまちがいない。

 でも、違う世界に行った可能性も、おそらくないんですよね。彼は音の民でもないですが、とくに選ばれた人間でもなかったから。

 だから、サンリアちゃんに違う世界を旅していくのだと言われたときは正直、聞いてないんだけどー、って思いましたよ。

 で、逆に、好奇心がわいてきたんです。きっと見たことのない景色、語られたことのないうたがある。今回はそれを収集してまわり、いつかヨナリアに聞かせてあげられたら、それはたださがす旅よりもきっとすてきだ」

 セルシアはレオンの理解力に合わせてゆっくり話してくれたので、レオンは少し遅れながらもうなずいた。

「兄貴が好きなんだな、セルシアも」

「おや、レオン君にもお兄さんが?」

「いるよ。子供ができそうなんだ。

 すごいよな、子供ってどうやって作るんだろな。

 ……え、何? その目」

「いえ……いや……え、大丈夫?」

「何が?」

「ははぁ、なるほど、違う世界……」

「勝手に納得なっとくしないで!?」

「同じ人間だと思っていたけど、まさか」

「目が違うとか耳が違うとかじゃなくて!? いや同じ人間だと思うぞ!!?」

「信じられない……思春期といったら子作りなのに……」

「え、俺の年十五だぞ? 子供作ってる人いるの?」

「ウイリマは作ってたなぁ。僕は音の民だから作れないけど」

「ほへー、子もちとは……え? なに、そういう決まりなのか? じゃあ音の民はどうやって増えるんだ」

「増えるって、人をネズミか何かみたいに……。

 音の民は普通の人々から、まれに生まれるんです。僕ら音の民は、一代いちだいかぎりなんですよ。

 別に決まりがあるわけじゃなくて、子供ができにくいんです。まったくできないということでもないらしいんですが、僕もエルマリ達も今のところできてませんね。きっとものすごく低い確率なんでしょうね」

 エルマリさんとの子供。見たかったなぁとレオンは思い、それってどういうことだ!?と自分の思考にあせってまっ赤になった。


「……何をそんなにどうらげてるのかしりませんが、エルマリとでもしたくなったんです?」

 セルシアが低い声でうすく笑う。そうか、彼は耳がいいから俺の心臓の音までバッチリ伝わるのか、とレオンは余計にあせった。

「いやでも、子供はできないって。そのう、セッ……の仕方も知らないし」

「子供ができないからこそできる練習もあるんじゃないですかねぇ」

「だ、だってほら、まだ体感時間一日! ぜんぜん知らない人! シオンが好きな人じゃないとダメだって」

 セルシアはレオンのあわてようを楽しんでいたが、少し真顔になり、うなずきながら彼のかたを叩いた。

「そういうしんこうがある国もあると聞きおよびます。僕はレオン君みたいな人、嫌いじゃないですよ。がんばってね」

「この国は違うんデスカ」

 思わずきょかんていねいであらわしてしまう。

「音の民との祝福の交換にはそういうオプションもありまして……。すべてはお気持ちしだい……。いや、ミリヤラがサンリアちゃんに僕を紹介したって聞いたときは押しつけたなって思いましたが……」

 アッと声を上げてレオンは飛びあがった。となりに座っていたセルシアの両肩をつかむ。

「……したの、サンリアと」

「いや、さすがにしてないですアルソエじゃあるまいし。あと二年ください」

「駄目です二年たってもしないでください」

「はい」

 セルシアは肩を揺さぶられ、笑いながらうなずいた。まあ二年たたないと分かんないけどな、という笑みも含まれていたが。


「はっ、そういや、あのクソ野郎アルソエはどっちだったんだ? サンリア大丈夫なのかな」

「んん? あれくらいじゃ……まあ、音の民でしたよ、奴もいちおう。趣味が悪いからいつもあんなことしてましたけどね。取りまきには音の民じゃないのもいたから、早めにかけつけられて良かったです」

「そっかぁ、それなら……いやダメだよダメ……万一とかもあるし、できなけりゃいいってもんでもないよぉ」

 レオンはセルシアの肩をバシバシ叩いた。

「兄貴はねえ、ちゃんと好きな人を見つけてちゃんと幸せになるんですよ。だから子供ができてもいいわけ。

 セルシアはサンリアに子供が万一できたらどうするの? ダメでしょ? ダメだあ……そんなの……俺が守らなきゃ……」

「分かりましたよ……大丈夫ですよ……ほらほら、泣かないで。お兄さんが幸せになる、まで聞きましたよ」

「そう! だからね、その幸せは守りたいなーって思うんだよ。だからね、世界を救う旅なんかに出ようと思ったわけ。あとまあ、居場所もなくなるし、ちょうどいいやーってね」

「サンリアちゃんのとなりがレオン君の居場所になったわけですね」

「ばっか! なに! 言ってんの!! ばーか!」


 しむらくはレオンが酔いのさめた翌日、子作りのくだりをまるっとすっきり忘れてしまっていたことか。

 もちろん夜をわたるフクロウの記憶にはしっかりきざみこまれているのだった。

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