恩人の救出依頼

『ワシの魔力ではあれには対処できん。かといってこの体では殺してやることもできん。

 じゃから尻尾まいて帰ってきたというわけじゃ』

「強い魔力があれば治せるの?」

『わからん……あれはもうずいぶんと食いあらされとる。

 病をはらうことはできるが、あいつ自身、もう長くはないという気がする……』

 じーちゃんは苦々にがにがしげに言って、レオンの方を見た。

 くらやみびょうか、とレオンは考えた。それならば……


「俺、魔力なんかないけどさ。これが光の剣だっていうなら、暗闇病? よく分かんねぇけど、はらえねぇかな?」

『可能じゃろうな……それは、ろん

「レオン君……」

 セルシアがすがるような目つきでレオンを見つめた。

「まだ会ってからぜんぜん時間がたっていないのに、僕達のことでめいわくだと思っていたら、すまない。でも、おねがいだ、ミリヤラのおやじさんを、メイラエさんを救ってやってくれないだろうか。

 僕は音の剣に出会って、サルレイさんの話はおとぎ話じゃなく、しちしんけんは本当に力を持っているんだと分かった。だから、剣の仲間である君にたのんでいる。この借りは、いつか返すから……」

「なげぇよ!」

 レオンは軽く笑ってセルシアの言葉をさえぎった。

「最初からやるつもりだっつの。貸し借りとかなしで」

「……ありがとう……そうか、ありがとう」

 セルシアは少し脱力したように、しかし徐々じょじょにうれしそうに笑った。


 それから、彼はミリヤラとメイラエ氏とのふるい思い出を語った。

 皆メーさんメーさんと呼ぶので本名こそ覚えていなかったものの、ミリヤラの笛がうまく楽団が人気なのは、がっしょくにんであるメイラエ氏のささえが大きかったと思わせる話だった。

 旅先でくなったといういっぽうがはいったとき、その一日だけは街が青く──この世界ではの色に青をつかう──まったという。

「楽器作りのうでは文句なしにさいこうだったけど、じんぼうもそれに負けていなかった。皆くちぐちに、メーさんならなんとかしてくれる、ってね。

 彼が生きて帰るなら十全じゅうぜんだけど、もしもう助からないとしても、よこしまな奴にあやつられて、というのだけは許せない」

 セルシアはしずかに、しかし目には明らかないかりをかくさず言った。


「でも、どうして夜の民はメイラエさんをあやつる必要があったのかしら?」

『それは……む』

「……!」

 じーちゃんが目を細めるのと、セルシアがすばやく立ち上がるのとはほぼ同時だった。

 そくざに外に飛びだすも、またもや取り逃がしたらしい。

「しかし……音は消しておいたはずなのに、なぜ」

「またいたのか?」

『何じゃ、またとは?』

「さっきもくろかみの男がぬすきしてたんですよ」

 セルシアが男、と決めつけたので、レオンはちょっと意外に思った。

『何とまぁ。かの国からこんなはてにまで、金と黒、二人のかくが送りこまれておるのか。

 他にもおるやも……こちらの動きはほとんどあくされているやもしれんな……』

「夜の民かどうかは分からないんですけどね。変わったふくそうだったものだから」

『ホウ?』

 首を半回転させて話を聞いていたじーちゃんは、さらにきょうを示したのか首が疲れたのか、セルシアの方に向きなおった。

「背後しか見ていませんが、上は黒一色の体にぴったりしたシルエット。

 下はうす紫のゆったりしたサルエルを、足首より少しうえで布を巻いて締めていました」

「俺の世界での格闘家みたいなかっこうだな」

「じっさいそうかもね。小柄だけどきたえ上げられた背中だったし……あ、それから前かけみたいなたけのかざぬのを、腰の右がわに巻いていました。藍色あいいろのグラデーションだったはず」

『飾り布、か。それはイグラスのしょうこうにあたえられるぐんきゅうひんかもしれんな……』

「では、やはり」

『この世界でそれがなじみのない姿すがただったというならば、他の世界から来たことになる。

 それだけでも十分イグラスの者たりえるが、さらにその情報……。

 まず間違いなかろう、な』

「彼らが、メーおじを……」

『あるいはどちらか片方が、じゃな』


 だまって聞いていたサンリアが、うーん、と声を上げた。

「でも、どうして、が分からないのよ」

『メイラエをあやつって……ワシらをらすからえるかするつもりじゃったとか。

 もしくは……世界ごとかいさせるあっにさせるつもりか。

 なまじ魔力があるからの、あやつは』

「だとしたら」

 急がなくてはなりませんね、とセルシアは弦楽器ティルーンを抱えあげた。

 ふところから彼の身長より長いかわの帯のようなものを取りだし、たてにティルーンをくるむ。

 革のりょうたんは楽器の首に巻くために長くなっており、うらおもてから回してきた革をそくめんで、ふくざつなホックを用いてつなぎあわせる。

 それを革の紐帯ちゅうたいでななめに背負うと、大きな剣かじゅうはこぶようなかっこうになる。

 そう完了です、と言って、あわい銀褐色ぎんかっしょくの髪の青年はニコリとした。

『行こう、子供達。夜になる前にケリをつけねばの』

 じーちゃんの一声とともに三人はテントから出た。

 灰色のフクロウの姿を見うしなわないように早足でいしだたみを歩く。


 太陽はすでに塔の先端に引っかかっていた。

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