二人を誘う風…弐…

長と英の関係

「予定が狂ったみたいですね。どうも」

 セルシアがとぼけた顔でつぶやく。

「そうみたいね……。私は他の世界に知り合いがいること自体びっくりなんだけど」

「まぁ顔が広いと……って、他の世界!?」

「そうよ」

 いつか見たような反応、しかしサンリアは特にツッコまない。

 不公平だぞ、とレオンは心の中で文句を言った。



「……ってことよ」

「……さまざまな別の世界とつながっている一つの次元を救う、ってわけですね。なるほど……」

 セルシアはすんなりと状況を受けいれた。吟遊詩人としていつも物語と共にある彼は、レオンよりもファンタジーに親しいのかもしれなかった。

「でも、一体なぜ……と」

 セルシアは言いかけてふと口をつぐんだ。

 ティルーンに触れたあと、みごとに音を消してテントの入口に近づく。

 ザッ とはんをまくりあげると、表に立っていた人物は不意をつかれたていで走り去った。


 一瞬で印象に残ったのは黒髪。

(あれ……それに、あの横顔、どこかで……)

 レオンはかすかに胸のざわめきを感じたが、それ以上彼の脳裏をつついても、きがかりの尻尾はつかめなかった。

 目もとは涼しげであったものの、男だったのか女だったのか、今ひとつはっきりしない。


 飛びだしたセルシアの気合いむなしく、立ち聞きしていたその人は逃げうせたようだった。

「ファンなら外で待っていても良さそうなものを。

 いったい何者なんだろう? こそこそ立ち聞きなんてシュミが悪いですね」

 文句を言いながら彼は元の座布団の上に座りなおし、ティルーンに手をのばして「音無おとなし」とつぶやいた。

「これで、僕達の会話は他の誰にも聞こえません。気配もなくなります……さて?」


 セルシアに笑顔を向けられて、サンリアは少し眉をひそめた。

「なぜって言われてもね……理由なんか夜の、えぇと、敵の人達に聞かないと分かんないわよ」

「何も分からずに、旅を始めたのですか?」

「じーちゃんが、言ったから……世界を滅ぼされてはいけないって。

 ……何よ、その馬鹿にした目は。

 大体、理由なんかいる!? やっちゃいけない事はやっちゃいけないのよ。あちらの都合でそう簡単に滅ぼして良いもんじゃない。それを教えてやるの、私達が」

「いや、馬鹿にしてなんかいませんよ?」

 セルシアはあわてて両手を挙げた。

「僕だって、何も分かっちゃいないから聞いたんです。そうですね、おじいさんが帰ったら聞いてみますよ」



 しばらくして、テントの入口のすそがバサバサと揺れた。

 灰色の羽根が舞い込む。セルシアが左手で裾をまくり上げた。

『まいった。ひどいことになっておる』

 まねきいれられたじーちゃんは、ホウと溜息をついてそう言った。

「えと、知り合いの人のところに行ったのよね?」

『そうじゃ。じゃが……奴はすでに……』

「何かあったんですか?」

『あぁ、人間でなくなってしもうとった。恐らくイグラス、よるたみの者のしわざじゃ』

「人間じゃないって……?」

「夜の民って何者です? 実はさっき……」

「それでじーちゃんはどうしたの?」

『えぇい、順番に話すから待っとれ!』

 じーちゃんは言葉の調子とは反対に、疲れはてたようすで力なく羽ばたいた。


『まず夜の民とは、森をあやつる奴らのことじゃ。

 奴らはイグラスという都をきょてんに、森をあやつり兵力をくりだし、さまざまな世界をせいふくないしめつぼうさせておる。

 その目的は分からん、こくせいかもしれんし、何かおそろしい計画の一部なのかもしれん。

 しかしこの次元の神ははるか昔にそれを予測し、それを食いとめるために反対勢力をひそかにつくりだした。

 それがこのワシやメイラエといった世界の担当者の一族、そしてその一族の中から生まれる、お前達剣の仲間じゃ』

「じーちゃんが長、私達が英ね」

『そうじゃ』

 じーちゃんが言葉を切ったので、レオンは当然の疑問を口にした。

「……ちょっと待てよ、じゃあ俺の世界にも長がいたのか?

 俺を捨てたあのろくでもねぇ一族の中に?」

『お前の父親じゃった』


 あっさり返されたその言葉に、レオンの胸がつかえた。

 不意に出かけた涙をこらえるために彼は口をつぐんだ。


「僕も……そのメイラエさんと親戚だった、と? 顔も名前すらも知らなかったのですよ」

『メイラエは音の民の内ではすでに死んだことにされていたからの。

 遠縁じゃが、親戚じゃよ。ミリヤラの父じゃ』

「なん……ですって……」

 セルシアは目を見ひらいた。

「メーおじなら……ミリヤラのおやじさんなら昔ずっとお世話になって……そんな、まだ生きてらしたなんて、しかもこの街で」

『生きていた。確かについこのあいだまではな。

 しかし……今はもう人でなくなっとる……くらやみという名のどくにおかされ、言葉も通じん。

 人の心すら、もう持っておらんじゃろう。ただの、闇のけものじゃ』

「そんな…夜の民というやからが、それを?」

『かの国の技術が作りだした病であるからにはの』

 セルシアの目におんな光がやどった。

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