音の剣の主

 気を失っているサンリアをうのは、レオンにはちょっとずかしかった。

 しかし、目の前を歩く灰色の男にまかせようという気にはなれなかった。

 彼は既に抜き身の剣を持っているから荷物が増えると大変にちがいない、と考えたのもあるが、やはりさきほど見せた冷たい笑みが心のどこかで引っかかっているのだろう。

 セルシアはレオンを紺色のテントの中に案内した。ミリヤラがかけよってくる。


獅子ししまる君! 心配したよ~。オレンジ姫は大丈夫?」

「獅子丸って、俺か。俺はレオンっていう名前だよ。こいつはオレンジ姫じゃなくてサンリア。

 んー、今は気をうしなってるけど、生きてる」

 大丈夫かどうかは分からない、とのどまで出かかったが、言い触らしたくもなかったのでやめた。そっとサンリアを床におろす。

「そうか、ならひとまず安心だ。いやぁ、びっくりしたよ。急に拉致らちられるんだもんなぁ……そばにいたら止められたんだけど、あ、ムリかな、僕はりきだから。ごめんね。

 まぁ、代わりにセルシアを助けに行かせたのは僕だから、ゆるして?」

「僕がかけつけた頃にはもう、レオン君は何人も斬りふせていましたよ。こっそり感嘆かんたんしました、この人はまるでおにしゃのようだと」

 セルシアが剣をするりとゆかきしてあるティルーンにしまいながら言うと、ミリヤラはずずいとレオンをのぞきこんだ。

「えぇっ、獅子丸君、あいつらやっつけちゃったのか!?」

「いや、半分もムリだったよ。セルシアさんが来てくれないと危なかった」

「そうですか? お役に立てたならよかった」

 セルシアはやわらかく微笑んだ。彼をけいかいするのはおかどちがいかもしれない、とレオンは思った。


「しかし、弱りましたね……。シオヤリのグループとつのきあわすはめになるとは」

「あれ? 全員殺さなかったの?」

 ミリヤラのなにげない一言にレオンは目をむいた。やはり自分のいた平和な世界とは常識が違うらしい。

 セルシアもミリヤラの危険な発言を当然のように受けとめ、肩をすくめた。

「してもしかたないでしょう、もくげきしゃが多すぎる」

「ああ、うんまぁ、確かにね。アルソエの奴にしては大っぴらにやらかしたよね~」

「相手はない旅人だから大丈夫だと思ったんだろうね。

 事実、サンリアちゃんが背負ってるあの大きな風車かざぐるまを見ていなければ僕も動かなかった」


『ウィングレアスを知っとるのか、音の剣の主よ』

 突然横たわるサンリアのとなりに置かれた袋から声がした。


「あ、じーちゃん忘れてた!」

 レオンはあわてて近寄り袋の口を開けた。


『っぷはー! サンリアが気絶したせいであっぱくされて死にそうになったぞい。ワシを忘れるとはふてぇ奴じゃ』

「ごめんよじーちゃん……サンリアがまだ目覚めないんだよ」

『あんな目にあったら、さらに目の前で人がばっさばっさ斬られたら、そりゃあ普通の娘はのう……。

 お主は狂ったみたいな笑い声なんぞ上げておったし、余計にショックじゃったんじゃろ』

「……俺がぁ?! 嘘だろ? 全然記憶にないや……楽しんでいる余裕はなかったんだけど、それに人殺しなんて、怖いし」

「……あれだけ手に掛けていた人の言葉とは思えないですね。本当に鬼みたいで感動すら覚えたというのに」

『剣に使われとるんかもしれんな。……ほれ、サンリア、起きろ。起きるんじゃ』


 レオンが鬼でなかった事に少し失望したような目で見てくるセルシアと、レオンのうつわを見くびっているじーちゃん。

 どちらも見るのが嫌で、じーちゃんにつつかれてうっすら目を開けたサンリアの顔を覗きこんだ。

「ん…っひあっ!?」

 サンリアはレオンと視認するなり悲鳴を上げた。

 その表情はあきらかな恐怖。

(……そんな、顔を)

『そんな顔をするでない、サンリア。それが恩人に見せる態度か。それでも村長候補か』

「じーちゃん、今は」

 良いよ、と言いかけたレオンをさえぎって、サンリアはレオンの右手を取った。一度しっかりまばたきしたあと、まっすぐレオンを見つめる。

「そうでした。……ありがと、レオン。助かったわ」

「無理すんなよ?」

「大丈夫。な、──んともないわ、かくはできてるから。レオンこそ、無理しないでね。たくさん血を見たあとだし……」

「それが、まだ実感がわいてないんだ。俺が剣をふるったっていう」

「……危ういわね。そんなのマトモじゃない」

『サンリア……』

「いや、本当にな。俺も怖いよ、自分が。

 悪い夢みたいな……って逃げてるわけでもないんだけど、何だろうな……頭に血がのぼってたっていうか。

 こないだの狼の時もそうだけど、覚えてないんだ。記憶を消されているみたいな」


「光の剣のしわざかもですね?」

 セルシアがにっこりとして言った。しかし、その言葉にサンリアは身を固くした。


『そういえば話がちゅうじゃった。セルシアとやら、お主が音の剣の主じゃな?』

「そうです。……、えーと」

「じーちゃんよ。の意味で」

「じーちゃんって、おっしゃるんですか……」

「な、何よ。文句あんの?」

「いいえ。にあってますね。まるでずっと前からそうだったようだ」

「あら?」

 サンリアも、この反応は予想外だった。おそらく?マークつきの発言がくると思っていたのだ。

「ん? 何か僕変なこと言いました?」

「……いいえ。気にしないで」

「はぁ……」

 セルシアは、それ以上たずねるものでもないかと思い、じーちゃんの方に向きなおった。

「……それでは、僕もおじいさんと呼ばせていただきましょう。

 おじいさん、たしかに僕は音の剣の主です。そしてサルレイさんからほかの七神剣の存在もうかがっています」

『……サルレイ、じゃと? 誰じゃ、それは』

 セルシアの予想に反して、じーちゃんの声はけわしかった。

『メイラエではなく?』

「……いえ、メイラエという名前は知りません。

 サルレイと名乗る金髪の美しい女性が、僕達に剣のありかを示し、ほかの七神剣の絵を見せてくれました」

『僕達とは?』

「ミリヤラ達ですよ、なぁ……あれ?」

 セルシアが振りむくと、先程までそこにいたはずの赤髪は姿をくらましていた。気をつかってこっそり席をはずしたのだろうと思われる。

「またいなくなっちゃった。ま、要は僕の活動仲間ですよ。

 笛吹きのミリヤラ、歌手のエルマリ、裏方のウイリマ。

 こいつらは本当に子供の頃から一緒にいるんです。誰にも話せない秘密も、この中でなら共有できる」

『うーむ……』

 じーちゃんはフクロウの顔で器用にもなんしょくを示した。


『メイラエではないとな。しかしあやつは会合で自分はひとりじゃと報告しておった……。

 サルレイ……金色の髪の女……関係者以外に剣の特定をゆるす、危険なルール違反じゃな。一体どうしたことじゃろう』

「身内でないミリヤラ達に剣のことを教えてはいけなかった?

 ……でもね、おじいさん。ルール違反だったとしても、僕は彼らに事情を説明することなしにはこの剣を手にとりませんでしたよ。

 ゆくえをくらませたゆいいつの肉親な兄より、彼らのほうがよっぽど身内だから……。

 そのメイラエさんは、自分でルールをおかすわけにはいかなかったから、サルレイさんにたくしたんじゃないですか?」

『一理ある。が、そのサルレイがてきかたである可能性もある。

 うらぎりとは思いたくないが……本人に問いただすのが一番じゃろう。

 ちょいとひとっ飛び、今から行ってくるとするかの』


 その前に何か食べるものを、とちゃっかりベーコンを何枚かせしめてから、じーちゃんはテントの外に飛び立っていった。

 飛び去った方角を見ると、どうやらメイラエという人物は、例の城のあたりにいるらしい。

 異世界だというのに迷いのないはばたきだった。

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