石と音楽の都

 レオンは着替え終わって、サンリアを待った。

 服にい付けられたこしまでのちゃ色のマントが、重くてれない。色あいも、今まで着ていた黄色のシャツとは違って地味な若草わかくさ色だ。

 サンリアの趣味にしては、彼女の服装のようすともかけ離れている。

 どうやら服を選んでいる時間までは無かったらしい。

 ただ、長袖長ズボンになったので、手足の傷はきっとかなり減ることだろう。


 しばらくして、薄灰色うすはいいろのワンピースを着たサンリアが戻って来た。

 しばしお互いの服装を見つめる。

「似合わねー」

「変なのー」

 これが二人の意見。この世界の服は彼らの感覚には合わないようだ。

「じーちゃん、かばんの中に入ってて」

 サンリアは荷車の中からはんおいぶくろをとりだし、フクロウを押しこんだ。

 じーちゃんは羽ばたいて必死に抵抗ていこうした。他人の目から見ると完全にどうぶつぎゃくたいだ。

「行きましょ」

 サンリアは苦しむじーちゃんなどおかまいなしに進みだした。



 城壁の中の街並みはすべて、石とれんでできていた。

 小麦のパンが焼けるこうばしいにおいが南から流れてくるかと思えば燻製くんせいのキツい匂いに眉をひそめさせられ、氷を置かない魚屋のそばを足早あしばやに通りすぎ角を曲がると、お口直しとばかりに花屋の百合ゆりが道までせりだしている。

 道ゆく人のよそおいこそ石の都と一体化したすすけた色が多いものの、活気に満ちあふれていて、その流れはれることがない。

 気になったのは、街の人々と目を合わせられない、という点だ。


「サンリア、気づいてたか、この人達、目が……うすい灰色だし、黒目の中の黒目、真ん中の黒い部分が無い。ガラスみたいで、どこみてるか分からねぇ」

「もちろん。瞳孔どうこうっていうのよ、たしか。

 ……最初見た時はちょっと怖かったけど、慣れたわ」


 彼は、簡単に慣れたと言われてみれば、確かにそれだけのこと、気にするまでもないという気持ちになった。彼が今まで遊んだゲームはシオンのお下がりばかりだったが、この人達に似たようなキャラクリエイトができるものもあったはずだ。彼自身、一時期ゴツい白目キャラで遊んでいたこともある。

 ふんに慣れて気楽になってきたレオンとサンリアは、両手に並ぶ石積みのせいさにいちいち感動しながら、自然と街の奥にそびえる宮殿に向かって足を運んでいた。


 と、喧騒けんそうの中に笛のいろを聴いた二人は、どちらからともなく歩みをとめた。赤い髪が、明るい旋律せんりつと共に近づいてくる。

 ……しかし、二人は近づけなかった。周りをがっちりとファンのむれが囲んでいたのだ。

 ろうにゃくなんにょ入りみだれているが、やや女りつが大きい。ということは、あの赤髪はきっと男なのだろう。

 とても美しい音色とその一団が過ぎ去るまで、二人はかべぎわに寄ってじっとしていた。

 ようやく人がまばらになると、サンリアは笛吹きが歩き去った方向に付いていこうとし、レオンは思わずそのうでつかんだ。

 彼女がいぶかしげに振り返ったので、我に返って彼はこうちょくした。


「……あ、いやその。ほら、城は反対方向だぞ、と」

「ん? お城が目的だったっけ?」

「いや、ち、違うけど……だって、一番怪しそうじゃないか」

「私達がここで探すのは、人よ。剣の仲間。あの人なら……そうね、音の剣なら持ってそうじゃない?」

「にしても……うん、そうだ、あの人だかりじゃ近づけない。夜まで待つべきだよ」

「あぁ……それもそうね。じゃ、ちょっと観光しましょうか」

「そうそう」

「ところで、どうしてそんなに必死なの?」

「ん? 何のことだ?」

(天然でやってるんだ、この人……)

 サンリアはこっそり呆れ返った。


 二人は、レオンが先に立って手をつないで歩いた。

 やがて大通りに出た。あちこちで美しいがくがする。街の中をり歩いていた笛吹きも、ここから来たのだろうか。


「あぁ……自信なくなっちゃったわ。この街にはえんそううまい人が多すぎる」

「ま、〈音の民〉が多い街で有名だからな、ここは!」

 サンリアのひとりごとに、背後から突然いらえがあった。

 さっきの笛吹きだ。

 ただし、今はもう取り巻きは一人もいない。いたのだろうか。


「お若いご夫婦、初めての小旅行かな? ようこそ、我々の都ルグリアへ」

「いや、こんな奴おっとじゃないから。はじめまして笛吹きさん。我々って?」

うんめいにはじめも終わりも無いよ。またお会いしたかもね、オレンジ姫。

 我々って音の民さ。僕もそうなんだよ、ほらぁ右のがいが無いでしょう? 左はあるけど……」

 笛吹きが髪をき上げると本当に右耳があるはずの部分がたいらだったので、二人は目をむいた。

 見えているのかすら分からない、瞳孔の無い灰色の目よりもしょうげきてきだ。


「……そんなにまじまじ見ないでよ、照れるから。めずらしくも無……

 あ、田舎いなかから来たとかで音の民の恩恵おんけいをあまり受けたことがないのかな? でも巡業じゅんぎょうがあったでしょう?

 ルグリアは運命にあいされた街だから音の民も多い。ここにはまがい物は絶対いない、皆耳がえててすぐにバレるからね。安心してしゅくふくこうかんする相手を選べばいいよ」


 レオンは途中で聞くのをほうしていた。話が長いしテンポが速い。となりにまかせよう……。


「情報ありがとう、笛吹きさん。あのね、最高の祝福を交換したいの……」

「最高の祝福! それならセルシアだよ。

 彼の声は開闢かいびゃく、空前とたたえられるほどだし、〈天使〉エルマリと組んでばんそうに回っても、彼のティルーンからまれる音は他じゃ絶対にけない、なぜってんでる剣が違うからね。もう全然! りょうされてしまうよ。

 そして何より僕、笛吹きのミリヤラの仲間だ。でもうち贔屓びいきなんかじゃないよ?」

「剣?」

「そう、だってティルーンだもの、剣がないとね。

 どこで見つけてきたのか、あれはまちがいなく最高だ、どんなもあれを作ることはできない…くわしくはぎょうみつだけど」

「ま、話だけ聞いても分からないでしょうからね! じゃあ、その人の所に連れていってくださる?」

「もちろんさ!」


 サンリアは心の中で快哉かいさいさけんだ。

 剣を仕込んだ楽器ティルーンの使い手。

 音の剣の持ち主にこれ以上相応ふさわしい存在はいないではないか!

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