一筋の光…肆…

夜の世界

 ろっかいての高さをつらぬき柱とかべとがそそり立つ広く長いはくろうを黒いよろいがらはやあしで、歩いてゆく。

 ヘルムにかくれてそのおもては見えないが、そのたいはまだ少年と言ってつうようするほどだ。


 やがて右手ぜんぽうひらけたひろが見えてくる。彼はそこに入る前に柱のかげから頭を下げ、声をり上げた。

こくてんだんだんちょうアザレイ・シュヴァルツ、さんじょうつかまつる」

 声も明らかに十代の若者のもの。

 その声に答えて別の低くよく通る声が中から聞こえた。

「アザレイ・シュヴァルツ。入れ」

「はッ」

 その騎士アザレイは、さっと頭を上げると広間の中に入って行った。


 広間はさいこうが行き届いて左右の壁がこううんごとかがやき、正面は数本の太い柱にこまやかなり物がほどこされ、またむらさきぎん調ちょうにしたじゅうこうなカーテンとタぺストリの数々がふくざつに配置されたごうしゃつくりになっている。ざっと千人はしゅうよう出来そうな、りゅうだって飛び回れそうな広い空間だったが、この部屋はこの建物の中では数多あまたある広間のうちのごく小さなもののひとつだ。

 それはこの国の、この世界の王ただ一人の為の私的なえっけん室であった。


 アザレイはがちにばやく、しかし確かな足取りで広間の中央の目印になる銀色のだいしゃりんようまで歩き、そこにひざまずいた。

国王こくおうへいにおかれましては。」

「……」

「……」

「……ふっ。もとだけだぞ、そうやってりゃくすのは。っからのごうしゅめ」

「おいただき」

「誉めとらんぞ。相変わらず仕方のない奴だ……親の顔が見たいものだ」

それがしの親でしたら、いつでも」

「ええい、冗談だ。勿論毎日の様に会っておるわ、シュヴァルツ団長にもだいどう殿にもな」

「……」

「彼女の息子であるから余計に仕方のない奴だというのだ」

 国王と呼ばれた男は、ふ、と短い溜息を一ついてゆっくりとまばたいた。眼下の少年を見る眼はやさしい。少年は今やこの世界を左右しかねない一大戦力だが、王の中では武器というよりも、出来ればいつまでも可愛がってやりたいしんせきの子というにんしきなのだった。

 だからといってこのカードをしょう大事ににぎっておくのうではない。


「……さて、今回の用だが……ていさつの命令だ」

戦闘せんとう規模きぼは?」

十中じゅっちゅう八九はっく、戦闘はない」

「は。では、十名を選出し……」

「其処元一人で行ってくれ」

「……?」


「剣の仲間が動き始めたらしい」


「……某は、陛下のちゅうじつなるこまにございます。」

 暫く押し黙った後、アザレイは低い声で、だが力強くそう明言した。

「無論その心配はしておらん。ただ、つまりそういう事であるから、何も知らぬ一般の兵は参加出来ん」

あくいたしました。には伝えても?」

しんらい出来る者にしぼっておけ」

こころのままに」



 退室すると、アザレイはヘルムを外した。さらりと細かい黒髪がマントの上でれ、目つきこそするどいが十五歳になった今でも女の子の様だとかげぐちたたかれるととのった顔が現れる。深呼吸しようとすう、と息を吸ったところで、

「アザレイ? もう終わったの?」

「っ、姫様」

 彼は声を掛けてきた相手に対してばやひざまずいた。

 ろうの向こうからしたしげに声をけてきたのは、先ほどまで話していた国王の一人娘、ハルディリア姫。赤茶色のミディアムショートのかみは、伸ばしてくださいと周りからかんげんを受けているにも関わらず、うっとうしいじゃない、のいってんりでかたまでに切りそろえ続けている。ふくそうの日にも関わらずで、まぶたにはぽってりと紅色のアイシャドウをり込んだ、まさに自分のしたいように生きている自由な王女だった。

「またそうやって! 昔みたいにハルディリアって呼び捨てにしなさいよ」

「出来かねます」

「全く……大魔導師様はあんなにくだけてるのに」

もうわけございません」

ちがうわよ!」

 ハルディリアは不満そうにフンと短くはなを鳴らしたが、アザレイは今や王に剣をささげた身。王女にも子供の頃のようにれ馴れしく接するわけにはいかなかった。

「まぁ良いわ、それより見て! ぞくかいからめずしい宝石を取り寄せたの。砕くと十日間光るのよ。だからほら、細かくしてチュールに付けさせたの。れいでしょう?」

 ハルディリアがうつむくアザレイの前でヒラリと回る。

 派手だし、無駄むだ使づかいだ。

 アザレイはひそかにまゆひそめながら、言葉を探す。

「よくお似合いです」

「綺麗かどうかを聞いているのだけど」

それがしには分かりません」

「……ふぅん。じゃ、らないわ」

 そう言うが早いか、王女はうすいチュールをビリビリといてってしまった。

「……。」

 アザレイの心が痛む。いつもハルディリアの行いに振り回されるきゅうたちの、恐らくしんの作が、彼の言葉のせいで台無しになってしまった。しかし、この程度でりんの姫をいさめるほど、彼も向こう見ずではない。間違えたのは自分だった。

「アザレイが綺麗か分からないなら、私が身に付けるにあたいしないもの」

「……姫様。失礼致しました」

「ええ、本当に。台無しよ……これ、あげるわ」

 ぞうに投げつけられるうすぬのを反射的にアザレイが手に取ると、ハルディリアは薄いくちびるり上げた。

「今、私がここでお前におそわれた!ってさけんだら、お前は終わりね? そんなものを持ってたらね、ふふ」

「そ……うかもしれませんが、こんなにていねいに一枚だけ剥ぎ取るろうぜきものはいないと思われます」

「あぁ……不正解よ。ホント、アザレイって……」

 アザレイは顔を伏せてちゅうじつに次の言葉を待つ。ハルディリアはそんな彼を見下ろしてむねいっぱいの溜息をついた。

「もう良いわ。私、お父様にご用事があるの。下がりなさい」

「はっ」

 更に深く頭を下げるアザレイを丸きり無視してハルディリアはえっけん室に入っていった。アザレイはそれをとどけてから立ち上がり、手にしたチュールをあらためてながめる。


 綺麗だとは、思う。

 のあるものだとも、思う。

 だが、手に取りたいとは思わなかった。


(姫様……ハルディリア。貴女あなたは、これからも、その様につづけるおつもりですか)


 剣をささげたげん国王は、心からたみを思う、そうてきだいなる王だ。しかしそのむすめハルディリアは、民のことなど考えたことがあるのだろうか。〈死の剣〉は、自分は、いつまでこの王国と共にれるだろうか。

 アザレイのけんには、きぬせたような深いしわが現れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る