挿話~大魔導師の継嗣~

 中卒無職のレオンと違い、ちゃんとした会社につとめ、ひそかに人望厚いかしこい青年、シオン。レオンの前では歯にきぬ着せないが、シオンは血もつながっていない弟をこの九年間一人で面倒見てくれている、レオンのまんの兄だった。

 二人の両親は再婚だ。彼らはレオン三歳、シオン九歳の時に結婚した。

 それからの三年間は、まるで夢の様な毎日だった。両親とも二人の息子に分けへだてなく接し、兄もレオンの面倒をよく見てくれた。

 毎週日曜日には決まって一家で遊びに出掛けた。レオンは海で泳ぐのと、森で虫捕りをするのが大好きだった。


 そして、レオン六歳の時──。

 家族が増えた。妹が出来たのだ。


 その日、つまり母の出産予定日、父はいつになくそわそわしていた。

 母が「お腹が痛い」と言い出すと、父はび上がって喜んだ後、すぐさま病院へ連れていった。子供達は寝る時間だった為に、家で待機。だが、お守り役に父の姉、つまり叔母おばが付いていてくれた。


 次の日の未明だった。

 一人の男が家までやって来て、無表情にこう告げた。

「報告します。ミツルギ・カオン殿どのサレイ殿ご夫妻、…昨夜の火事にて焼死されました。…ご愁傷様しゅうしょうさまでした」


 ……レオンは、ホーコクやらショーシやらゴシューショーやらの言葉の意味が分からず兄を見た。シオンは驚愕きょうがくの表情をあらわにしていたが、弟が見ていると知るとくちびるをキュッと結び、

「カオンパパとママが死んじゃった。火事で死んだらしいよ……」

 と教えてくれた。その口調には、茫然自失ぼうぜんじしつという言葉が最も似合っていた。


 だが、幼いレオンはまだ「死ぬ」という言葉に実感がなかった。

「死んだらどうなるの?」

 お守りの叔母に聞くと、

「どこか違う世界、遠いトコロへ行っちゃうの。もう、二度と会えないトコロへ……」

 と言って、泣きくずれてしまった。

 シオンも、かくしてはいるが、肩がれ、床が透明な液体でみている。

 レオンは訳が解らなかったが、二度と会えないと聞いて、急にさびしくなった。

「……やだ、パパ、サレイママ、置いてかないでよ…! やだ、僕も一緒に行きたいよ……!!」


 その後何を言ったかを彼自身は覚えていない。

 ただ、三人で大泣きしたこと、その間黒い男がぼうきれの様に突っ立っていたことはみょうに覚えている。


 シオンとレオンは二人で暮らす事になった。

 勿論もちろんレオンの父方の親戚しんせきが引き取るという話は上がったらしい。しかし二人の葬式そうしきの日、親戚の誰かが、

「あんな身元もわからないあやしい子連れと結婚するからだ」

 と失言した為にシオンが怒りレオンがあばれ、その話は立ち消えになったのだ。

 お守りをしてくれた叔母はシオンに通帳を渡し、

「シオン君は児童施設にその年から入るの嫌でしょ。二人ともうちの養子ってことにするから、何かあったらいつでもおいでね」

 と言いながらも、

「お金は一杯あるから大丈夫よね」

 と言って帰ってしまった。彼女は本当にシオンを気遣きづかったわけではなく、台所での親戚同士の会話で「本家筋から施設送りは外聞もあるし」と渋っていたのを二人は見ている。

 他の親戚連中も、「元気でな」だの「頑張れ」だのと他人事の様に声を掛けてから皆いなくなった。


 どうやら元々祝福された結婚ではなかったらしい。

 今思えば、遺産いさんを残してくれただけでも有情だったのかもしれない。

 だが、その時から決定的に、二人は大人社会とのきずなを失くしてしまったのだった。


 シオンは皆の前では気丈きじょうにも涙をこらえていたが、皆が帰った後、部屋に閉じこもり独りで泣いていた。

 レオンは前に学校の先生が言っていた事を思い出した。レオンのお気に入りの鉛筆が失くなった時だ。

「大丈夫、きっとまた見つかるよ」

 彼女はそう言ってレオンをなぐさめてくれた。

「大丈夫、シオン。きっとまた会えるよ」

 先生の口調を真似して、彼は言った。すると、シオンの開かずのとびらがカチャリと開き、中から目をらしながら微笑ほほえむ兄の顔が出てきたので、レオンは安心した。

「お前は、良いよな」

 兄は子狐こぎつねのような小さい頭をくしゃくしゃとでた。

 そうして、兄弟の共同生活が始まった。



 ──かつてのシオンには、魔法があった。

 母が再婚する前まで、それは身近なものだった。

 母は魔法使いとして仕事をしていたし、家でも母の周りを常に色んな物が飛び回り、掃除や料理をまたたく間に終えていた。まだ二つしか物を同時に動かせない彼にとって、母の魔法はあこがれだった。

 学園では、まだ魔法は教えていなかったが、何人かの同級生は彼には及ばないまでも、すでに少しは魔法をあつかえていた。

 いつかは母の様に、魔法で皆の役に立ちたい。

 それが彼の将来の夢だったのだ。


 ある日、母が再婚すると言ってきた。

 しかし、彼女が行く街は、ニホンという聞いたことのない世界。なんと、魔法が使えないところだという。

 誰も魔法なんて知らないし、母も魔法を使わないようにするし、仕事は変えるし、彼も魔法を使ってはいけないと教えられた。

 嫌だったが、母とはなれるなんて考えられない。仕方なく、我慢がまんすると答える。

 良かった、と母の顔が花のようにほころぶ。

 それが幸せなのだ、と彼は思い込むことにした。


 彼は実際上手くやっていた。

 本当にこっそり、新しくできた弟を泣き止ませるのに魔法を使うこともあったけれど。

 さわがれないように、バレないようにしっかりかくし通した。

 養父ようふには、一度だけ、お母さんは魔法が使えるんだよ、と言ったことがある。

 養父は、勿論もちろん知っている、と答えたので彼はおどろいた。

 でも、お母さんは魔法がなくても十分魅力的だし、大切な人なんだよ、と養父は答えた。

 そう言われると、自分だって魔法が使えるお母さんが好きなんじゃない、今のお母さんだって大好きだ、と答えるしかない。

 それなら良かった、と頭をでられ、言いたいことはそうじゃないのに……というモヤモヤを押し殺した。

 このまま母が幸せならいいではないか。

 母が幸せなら。


 母が死んだ。

 火事ごときで死んだ。

 魔法を使えば、火事でなんて。

 身重みおもの状態でも、産後すぐの状態でも。


 もしかしたら生きているかもしれない。

 死ぬよりは、と魔法を使ったかも。

 しかし母はむかえに来なかった。

 魔法から、彼から逃げた。

 それが結論だった。


 この街はクソだ。養父は優しかったが、母を殺した。養父の親戚しんせきは母をおとしめた。義理の弟は……

 弟は。

 まだ六歳だ。

 三年一緒にいただけだが、この子は母の為に怒ってくれた。

 この子一人ならいくらでも引き取り手はあったろうが、自分と一緒にいることを選んでくれた。

 この子を連れて、昔の街に帰ろうか。

 しかし、帰り方が分からない。

 母の昔の知り合いは、してくる時に会ったっきり、一度も見掛けていない。

 こちらでなら、養父の遺産いさんで二人の子供が成人するくらいまでは何とかなる。

 くやしいが、もう少しこの世界で暮らすしかないようだ。



 十八の時。唐突とうとつに、接触せっしょくがあった。

 この世界で禁じられているはずの魔法。

 夢に干渉かんしょうする形でそれはあらわれた。

 養父がのこした仕事をげと。


「おことわりだね」

 彼はその影にいらえた。

「カオン父さんが何をやり残したのか知らないけど、それならレオンが実の子供なんだから。あの子が大きくなってから頼めばいいじゃないか」


『彼では、駄目だめなのです。彼は、彼こそが選ばれし者……

 夜の神と夜の民を止め、この世界を救う者』



「……だから〈兄〉の俺に、あいつをたすけろと。あの世界を捨て、こんな世界を守れと」



 ここは彼の夢の中。彼の怒りが炎となってその影をおそう。この怒り、このくやしさ、何も知らないお前には理解できまい。


「夜の民イグラスの大魔導師だいまどうし継嗣けいし、シオンが予言する。お前達の目論見もくろみついえる。そしてお前は、俺の夢の中でほろびるがいい!」

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