森の歩き方

 荷物をまとめたサンリアは、最後に消した火のあとに砂をけてめた。

「さて、と。出発しましょ」

「オッケー。でも、どっちに向かうんだ?」

「そうね、レオンの世界にはもう用が無くなったから…じーちゃん、どっちに行くの?」

 サンリアが上空に声を掛ける。しばらくするとじーちゃんがりてきて、ばさりと少し先の木の枝に止まった。

「こっちみたい」

 サンリアはウィングレアスをって歩き出した。



「なあ、そのデカいのかついで動くの邪魔じゃないか? その剣も空に飛ばしたらどうなんだ?」

 ウィングレアスが時々枝に引っかかるのを見て、レオンは声を掛けた。どちらかというと、ウィングレアスが引っ掛けた枝が外れて戻ってくるのを、背後のレオンが食らいまくっているので声を掛けた、が正しいかもしれない。


「んー、でもこれ背負ってないと言葉分かんなくなっちゃうから……」

「何それ!?」

しちしんけんの、世界を渡るための魔法のひとつで、あらゆる世界の言葉が分かるようになってるのよ。気付かなかった? 多分貴方の聞こえてる音と私のくちびるの動き、一致してないわよ」

吹替版ふきかえばんってことか? 全然気付かなかった……。お前の剣だけ? それとも俺の剣にもその機能、あるんだろうか」

「そういえば、どうなんだろ。あるとは思うけど、その剣の形でグラードシャインの力が全部はっできてないんなら、無いかも……? ちょっと試してみようかしら」

 そう言うと彼女はウィングレアスを宙に浮かせた。


「どう? 私の言葉、分かる?」

「ああ、分かるな。こっちの言葉も分かるか?」

「ん、ばっちり分かるわ。じゃあグラードシャインにもちゃんと通訳の魔法が掛かってるのね」


「なら、俺と二人の時はウィングレアス担いでなくていいぞ。大変だろ」

「そうねぇ……」

 サンリアはちょっと考えてから、

「でも、やっぱり背中にないと落ち着かないっていうか。まるごしで戦いたくないから、これでいいわ。ありがと」

と、レオンの提案をきゃっした。レオンは仕方なく、枝のね返りに当たらないよう少しだけ離れて歩くことにした。



 昨夜いきなり狼の群れに出くわしたために、レオンはまた何かにおそわれやしないかと移動中ピリピリとしていたが、昼過ぎになっても大型動物の影すら見当たらなかった。

「なあ、サンリアは一週間この森を移動してきたんだよな? 狼以外にヤバい生き物いたか?」

「うーん、ヤバい生き物ねぇ。死ぬかもしれないってだけなら結構色々いると思うんだけど、へびとかどくむしとか……。見かけたらそっこう逃げろ!っていうのだと、やっぱりいっかくじゅうかな」

「一角獣!? ユニコーンってやつ!? いるの!!?」

「いる、というか見たわよ。馬みたいな体で、おでこに大きい角が一本。あんなのに突進されたら絶対死ぬから、近づかれる前に空に逃げたわ」

「へー、そんなファンタジーの王道みたいな奴もいるのか……ん? でも、ユニコーンって女子にはやさしいんじゃなかったか?」

「気に入った女子には、ね! 気に入るかどうかなんてけたくないし、そんな迷信じみたこと言ってる間に突き殺されるの嫌だし。レオンは男なんだから、最初からちゃんと逃げなさいよ」

「逃げる、なぁ……ウィング……風の剣は飛べるからいいけど、光の剣は逃げる役には立たないかな……」

「うーん、視覚を奪う、レオンを見えなくする、とか……? でも野生動物は耳も鼻も良いと思った方が良いものね……」

 難しいのも無理はない。光と風。七人いるという剣の仲間のうち、まだ二人だ。どんなゲームだってじょばんが一番苦労するものだ。いや、それは仕組みも分からないままとりあえず進めてしまうレオンのプレイスタイルの問題だが。

 考えがれた。否、逸らす、というのはいい考えかもしれない。

においなら、サンリアが運べないか? こう、風を使って、俺らがいない方から」

「なるほどね……風をわざと起こして、全然けんとう違いの方向のかざかみに私達がいると思い込ませて、こっちをかざしもにして? 音は風で誤魔化せば……うん、ちょっと大変そうだけど、出来ないことはないと思う」

「それには……、っ何だ?」


 突然じーちゃんが枝の上ではげしく羽ばたき、ホ、ホウ!と鳴いた。


くまが出たみたい!)

 真剣な表情のサンリアがレオンに素早すばやく小声で伝える。

(えぇ!?)

(さっきの匂いを運ぶやり方試すわよ、レオンは目に入ったら視覚をうばってみて)

(急に言われてもやり方が……)

(とりあえずしゃがんで! できるか分からないけど試してみて!)

(分かった)

(お願いね!)

 サンリアはそう言うと、しげみの中からじーちゃんを見上げた。じーちゃんはある方向から首を動かさない。そちらに熊がいるのだろう。サンリアもそちらに向き直り、ウィングレアスを握りしめた。


 ザァザァザァザァ……


 強い風がレオンとサンリアの繁みを飲み込む。左後ろから、右前方へ。二人の匂いと風の音がうまくおとりとなって、熊が離れてくれればよいが。

(後は静かに、向こうが移動するまでじっと待つことね。足音は地面を通って伝わるから、風じゃせないわ)

 レオンは少しだけ繁みから顔を出して、遠くを見ようと念じた。見えないはずの森の奥、確かに黒く堂々どうどうとした巨体が見える。顔を上げて、匂いをいでいる様だ。レオンは、さらにそこから視力を奪おうとした。光ではなく、闇を。熊の周囲から光を奪うイメージで。

(ぐっ……!)

 レオンの体温がぐっと奪われたように血の気が引き、目の前が暗くなる。どすんとしりもちをつく。と、同時におそろしいほうこう

「ホ、ホウ!! ホ、ホウ!!」

 じーちゃんが騒ぐ。

駄目だめだった!? 今ので気付かれたのね! 仕方ないわ、レオン、私につかまって!」

 サンリアはそうさけぶが早いか、レオンの腕に腕をからませて、空に飛び上がった。一人でしか飛び慣れていないからか、レオンの体重でバランスをくずしかけるのを、吹き上げる風の量で何とか調ちょうせいする。

「わ、悪い……ちょっと限界超えたみたいになって」

「分かるわ、私もなったことあるもの。慣れるまでは仕方ないのよ……このまま降りずに、しばらく飛んで動きましょ」

 サンリアはこうさくしながら、それでも数十分は飛ぶことに成功したので、どうやら熊のなわりからは抜け出せたようだった。

 もちろんその結果、サンリアもレオンもくたくたになって、暫くは使い物にならなくなったのだが。

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