旅立ちの夜

「つまり……どんな場所でも森のしんりゃくは起きる。他人事じゃないって事か」

「何を見たのかは知らないけど……、もうわかった?」

「あぁ。悪い奴らを倒して森を止めないと、少なくとも俺達の町は危ないんだな、って事は解った」

「貴方の町だけじゃないけどね……まぁ外れてはいないわ」


 レオンはおもむろに、鳥居に向かって歩き出した。

『どこに行くのじゃ?』

「シオンに伝えなきゃ……」

『シオン。』

「俺の兄貴。あいつに、逃げろって伝えなきゃ。待っててくれ、書き置きしたらすぐ戻る。今日中にも出発しよう」

 レオンはそう言うが早いか、け出していた。


じょの息子、か……』


 フクロウはサンリアにもとどかないねんくうはなった。



 レオンがドアをいきおいよく開けたので、音を聞き付けたシオンがうれしそうな顔をして出てきた。

「おぉレオンか。きっぽうだぞ!」

「こっちはきょうほう……てか、何で居るんだ? 彼女は?」

「お前に早く知らせてやろうと思って帰って来たんだ」

「知らせ? 何だ?」

「彼女に子供が出来たのさ!」

「マジでか!?」

「マジだよ、マジ。お前もついにさんだな」

「十五で叔父さんかよ!」

 しょうするレオンを見る兄は、今まで見た事もない様な満面の笑みをかべていた。


(やっぱり、しおどきか)


「……おめでとう、シオン。じゃあ、結婚するんだな!」

「あぁもちろんさ。レオンはに住んでて良いぞ、俺は彼女の家に婿むこ……」

「いや、俺は。……俺は此処を出る…………旅に出るから」

「お前……いまさら俺に気をつかわなくても」

「そうじゃない……」

 レオンは何と説明すれば良いものか分からなかった。自分自身はんしんはんなのだ。


「シオンは信じないだろうけど……俺、旅に出て、世界のために良い事してこようと思う。」

「いきなり……どうした? 環境問題か? 治安問題か? それとも、まさかとは思うがまずしい国に学校を? お前バカなのになぁ」

「いちいちオチ付けんな! ……ん~、治安になるのかな。悪い奴らを止めに行く」

 彼がそう言ったたん、シオンの顔がくもった。

「お前がどう動こうと、例えだまされていようと、お前が一人前の大人として行動するんなら、それはお前のせきにんだ。だけどな、これだけは覚えとけ。

 ……世の中に悪い奴はいない。

 いるのは、自分が悪いって自覚してるごくあくな奴と、わけわからずがむしゃらに生きてるつみの無い奴だけだ。

 よくきわめろよ」

 極悪いるんじゃん、とレオンは思ったが、げ足取りする様な所ではないと思いうなずいた。忘れがちになるが大切な事だ。


「それだけ分かってれば、後は何とかなるだろ。いつ出発するんだ?」

「今日!」

「え!? 急だな……」

「前から予定してたんだけど、言い出せなくてさ。良いタイミングかなって!」

 レオンはとっうそいた。めずらしくシオンは嘘だと気付かない。

「そうか……残念だな、まぁ俺の子が生まれる頃にはいっぺん帰って来いよ。ここは引きはらうが、……ほら、これが俺らの住所」

 フードがたバッグに入れるのは、ロープ、ナイフ、ばんそうこう……タオルはリストバンドと合わせて二枚……、などとレオンが思いつくかぎりのたびたくをしていると、シオンが紙切れを手渡してきた。

「あぁ、うん了解! 荷物は適当にしょぶんしてくれ。それから……」

「ちょっと待て」

「何だ?」

「何か……ほら、旅に出るならおやくちアイテムが欲しいだろ、かいふくやくとか……」

「あるのか!?」

 そんなRPG的な。

「いや、さすがにそれは無いけどな。似たようなのならある、ほらこれ、最近見つけたぐすりだ。お前がよく森に入るから必要になることもありそうだと思って買っておいたんだ。あ、海外に持っていくなら箱もとっとけよ? なぞの薬はぼっしゅうだからな。

 えーと確か、すいが入っててそっこういたみがやわらぐんだよ。治りも早いらしい」

 そう言ってレオンに兄がほうげたのは、いっけんただのなんこうやくだが。

「……本当だろうな?」

「俺をうたがうのか?」

「疑う理由は一杯あるからなぁ……」

 すぐ人の言うことに丸め込まれる弟は、よく兄に揶揄からかって遊ばれたものだった。

「いくら俺でもせんべつにフェイクはつかませないよ」

「そうか。ならもらっとくよ」

「おう」

 短く返事をして、シオンは弟の顔をじっと見つめた。

「な、何だよ……」

「……いや、何となく長い別れになりそうだから、大事に育てた弟から涙のひとつでも出ないかと思って」

「そんな女々めめしい事はしねーよ!」

 今までありがとう、お互い頑張ろうな、とレオンは笑顔で言った。

 彼の兄はきょうめした様にそっぽを向いて呟いた。


「……つまらん。またな」


「おう! あ、シオン……ええと、理由とかちゃんとは言えないんだけど。なるべく森の神社から遠くに住んだ方が良いぞ!」

「ん? よく分からんが、彼女の家は中央通りに面してっから結構遠いが……」

「あー、なら大丈夫そうだな。

 ……それじゃ!」

「……じゃあな」

 レオンはもう何も言わず、ニヤリと笑って出ていった。


「やっぱりこうなるんだな……」

 〈兄〉は少しさびしそうに苦笑する。彼はとっくの昔から、〈弟〉がやがて世界からかいすることを知っていた。だから高校にも社会にも居場所を作らせなかった。

 それゆえとはいえ、最後まで〈弟〉にじょうが移る事が無かったのは、今や愛を知る彼にとって少なからずしょうげきてきだった。


 彼がパチン と指を鳴らすと、生活感をとおしておとこくささのあった2DKが、いっしゅんにして何もないがらんどうの空間に変化していた。

 さらに深く息をい、長いじゅもんつぶやく。

呼応こおう銀鎖ぎんさじゃはらよるかがやく。連結れんけつ。ひとつ足らざればふたつ、ふたつ足らざればみっつ。かさねてたばねてあみす。収斂しゅうれん。守るはひと、守るは人為じんいの生命のいとなみ。つらねてしめす。呼応。銀鎖は邪を祓い……」

 彼の右手からたくさんの銀色にかがやく文字が現れて、付近の森や林、山をける様にざっと十キロメートルほうかこんだ。


「こんなとこか……一年は持つだろ。子供が生まれたら、こんな次元おさらばだ」


 茶髪の男はためいきじりにそう言うと、めてあったバイクにまたがった。

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