異世界の少女

 森の木々に付けたじるしは回収していなかったので、レオンは迷うことなく歩き続けた。

 やがてろうじゅが見えてくる。そのもとに、あの白い剣をほうして帰ったはずだ。

 彼はふと立ち止まった。

(……誰か、いる)

 はなの様なだいだいいろかみあかひたい当てにかざり、黒目九割のわいらしいかおち。所々ところどころあざやかなしゅと黄色のラインが入った白いワンピース。レオンと同い年か、もう少し年下に見える少女が、老樹にもたれかかり、肩に白いフクロウを乗せ、背中にきょだいかざぐるまを背負い、何か長いものをかかえている。

 レオンはとっにカメラを探した。しかし、剣のようの確認だけだと思っていたので、今度はさんしていなかった。それに、かっるのは良くない。撮影さつえい交渉こうしょうから入るべきだし、そのために女の子に声をけるのは……レオンには、無理だった。

 少女の方がレオンに気付く。目が合った。

「こんにちは、そこの貴方」

 少女が甘やかな声でレオンに話し掛ける。

「おっ、お俺? ……ちは……」

「ねえ、この剣を抜いたのは貴方?」

 彼女は抱えている物を突き出した。それはいつの間にかさやに入っているが、間違いなくレオンが朝、抜いて写真を撮った、いな、撮ろうとした剣だった。

「そうだけど……」

 レオンが答えると、少女は突然、消えた。


「ねえ」

「おわっ!?」

 自分のすぐとなりで声がして、レオンはった。少女が真横までいっしゅんで移動していたのだ。

「お前……誰?」

 レオンは少しがまえながら少女に相対そうたいする。少女はレオンの警戒けいかいを気にするでもなく、

「私はサンリア、十三歳。貴方あなたは?」

 とさらっと答えた。

「お、俺、俺はレオン」

 どもってしまった、と彼は軽くる。

 少女サンリアはしばしレオンの言葉の続きを待った。小首をかしげつつじっと相手の顔を見ている姿は、正直に言おう、実にあいらしい。

「……年は? 貴方、いくつ?」

(年?)

 先程さきほど心の中でだんげんした内容について少しうしろめたさもあり、レオンはあわてた。

(俺って幾つだ?)

「わす……いや、十五歳……だったと思う」

「って、自分の年を忘れるかなぁ!?」

(悪いかよ。)

 ちょっと腹が立つ言い方だ。

「でも、十五にしちゃ子供っぽいのね……」

(てめーに言われたかねーや!)

 レオンは片眉かたまゆを上げ、心の中だけでどくづいた。初対面の、しょうしんしょうめいの子供に馬鹿にされるいわれはない。子供だからなのか、相手への敬意も無くからんでくるのでいんしょうわるく、もうこいつのことぜったいに可愛いなんて思わないようにしよう、と心に決める。

「……何か用?」

 話し方までなくなってしまう。少女はわれに返った様にまばたきしながら、少しこまった顔をした。

「あー、えっと。貴方が抜いたって言うなら、この剣、持ってちょうだい」

 ずい、とつかを向けて渡されたので、レオンはそれをつかんで受け取った。


 たんに、映像が再び流れ込んでくる。

 フクロウをかばい、あわを吹いて倒れる男。

 矢の突き立った白いはとを泣きながら抱えて走る少女。

 フクロウが鳩のがいかぶさり、鳩から光があふれて、目の前の少女が背負う風車に変化した。


「……また、何か見えた」

 レオンはしゅんよぎったしょうげきてきな光景の連続にウッとなりながら、剣を渡された格好のままその剣をにらんだ。間違いない、コレのせいだ。

「……その剣、持てるんだ……」

 サンリアが瞠目どうもくする。

「あぁ、軽いぜ? お前のその風車の方が重そうだ」

 レオンは白い剣をひょいとかたかつぎながら、サンリアが背負っている大きな杖に目をった。よく見れば風車の羽だと思ったそれは、ギザギザとしたノコギリがま状の四枚の鋭利えいりやいばだった。

「ううん、違う意味で私は持てないの。柄をにぎると目の前が真っ白になるから」

「へぇ。俺は多分だけど、お前の過去っぽいのが見えたな」

「……何、ですって」

 可愛らしかったサンリアの声が、ぐっと下がる。しまった、しんだと警戒けいかいされたか。いや、過去を見られたなんて知ったら誰だって不快か。レオンはドキリとした。

「わ、悪い、いや、勝手に見えちゃったんだよ……。見たいとか、思ったわけじゃなくて……」

「何を、見たの」

 なおも低い声で問われ、レオンはなおに今見せられた光景を彼女に話す。サンリアは全て聞いてから溜息ためいきをついた。

「……なるほどね。それを見たワケ……。うん、貴方が見た、フクロウを庇ってどくで死んだ男は私のじーちゃん。白い鳩は私の相棒あいぼうだったクルルだわ。

 じーちゃんの相棒のシロフクロウは長生きでかしこくて、神様の鳥って言われてたの。で、悪い奴らにねらわれてた。じーちゃんはヨルル……そのフクロウね、その子を庇って死んじゃったんだけど、ヨルルがじーちゃんに体を貸して、じーちゃんは今、この通り。フクロウとして生き返ったのよ。今は昼間だからおしゃべり出来ないけど、夜になればテレパシィ、ねんで人と会話もできるわ。人格も、記憶もそこそこ残ってるみたい。

 それが知られてからはフクロウを狙う奴はいなくなって、代わりに狙われたのが私の鳩のクルル。私はあの子を守れなくて、じーちゃんに泣きついて……そしたら、じーちゃんが呪文みたいなのを唱えて、クルルがこの剣に変化したの」

「……なんだその、夢みたいな話」

「夢……作り話ってこと? 貴方の世界の常識とは違うのかもね。

 私はね、違う世界の人間なの。この世界と森でつながってる、違う世界。で、その剣を持てる人、つまり貴方あなたに会いに来たのよ」

 サンリアはまた一瞬で近くの木の枝まで飛び上がり、そこにこしけ小首を傾げながらレオンを見下ろして、足をぶらぶらさせている。

 スパッツか。急いでレオンは目をらしたが、その赤い色がみょうのうに焼き付いた。

 貴方に会いに来た…軽く発せられたその言葉が、ジワジワと彼の胸を打つ。

「そうか、サンリアは森の向こうから……って、違う世界!?」

「遅いわよ!?」

 少女は容赦ようしゃなくツッコんだ。女の子に耐性のない彼は今にも涙目である。

「何だよ……違う世界って。此処ここは」

「此処は世界のはざ。貴方はこの森が何なのか知らないの?」

「何って神社の森だろ?」

「……え? 何それ」

「は? 知らないのか?」

「だから! 違う世界!」

「あぁ……、やっと何となく理解した」

「そう?」

「お前があやしい妄想もうそう女だって事をな」

「! ……ひどい……妄想なんかじゃ……」

 サンリアの声色がふるえる。しまった、普段の兄と言い合う調子で言い過ぎたか?

「分かった、分かったって。そんな泣きそうな顔するなよ……だけど、説明してくれなきゃ信じる以前の問題だろ」

 あぁそうか、と真顔で少女はまばたいた。全く切り替えの早い……とレオンはあきれた。

「んー、どう説明したらいいのかな……。とりあえず、貴方も座りましょ?」

 サンリアが背中の風車を手に取りブンと振ると、レオンは足をすくわれ、そのまま音もなく宙に浮き上がってサンリアの隣に座らされた。周囲の空気ごと運ばれたような感覚だ。

「びっ、くりした〜!」

「うふふ、今のが私の剣の魔法よ。風の剣、ウィングレアス。そして貴方が抜いたその剣は、多分、光の剣グラードシャインだわ」

「魔法、かぁ……」

 レオンは魔法なんてものを使われると、流石さすがに「違う世界」とやらを信じざるを得なくなっていた。魔法。ゲームや本に出てくる、ファンタジーの単語だ。

「んーっとね……」

 サンリアが剣の台座になっていた老樹をながめながらだまり込む。二人に午後の陽気と小鳥のさえずりがそそぐ。居眠りでもしたい心地ここちさだが、隣に可愛い女の子がいる緊張で、全然眠れそうにない。

 やがて彼女は語り始めた。


「……じーちゃんの呪文でクルルがこの剣になった話はしたわよね。この剣は風の剣ウィングレアス、ちょうっていう世界を守る担当者達だけが代々ひそかに守りぐ、七神剣しちしんけん、世界の運命を変える剣の一つだった。今、色んな世界がこの森の暴走ぼうそうこわされかけてる。それを防がないといけない。その為の七神剣なのよ。

 だから私は、えい……長から剣を任された剣の主のことね。その、剣の仲間を探しに、森を渡って旅に出る事になったの。じーちゃんと一緒にね。

 そんで最初に出会ったのが貴方。レオン、だったよね?」

 異世界の物語だと思って聞いていたら急に自分の名前を呼ばれたレオンは、あれ?とサンリアの顔を見る。

「俺、名乗ったっけ?」

「最初。どもってたじゃない!」

 サンリアはすずの笑い声をたてた。

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