森に通う少年



 レオン -with Gladshine-



 十五歳、男。

 複雑な家庭事情のもとでよくもまぁというほど単純で心の機微きびにうとい。

 光の剣を取った理由は「なんとなく」

 身体能力は、本格的にきたえていないわりには悪くない。


──────

 少年はカメラを片手に森の中を散策していた。

 季節は春の終わり。この時期が一番森を歩くのにてきしている。

 若葉が多く夏ほど鬱蒼うっそうとしておらず、かえって半袖はんそで半ズボンでも平気なくらい歩きやすい。これが夏ならしたえにヤマウルシの葉が広がり軍手と長ズボン必須ひっす、最悪レインコートまで着こんで汗びしょになりながら歩くはめになる。それも嫌いではないが、あまり暑い日は海の方に遊びにいくことにしている。

 下草をみしめる音。にぎやかな鳥のさえずり。木々がさわさわと葉をこすりあわせる音。自分が出す音も、自然が出す音も、とてもここちよく彼の気を引き、無意識のうちに彼は笑顔になっていた。

 昨日軽く雨が降ったからか、森はいつもよりもあざやかで、まさに今から夏に向けて大きく成長しようとしていた。土からは鼻を突く湿った匂いがして、下草は踏みしめるたびにむせ返るような草いきれを放ち、木々からはみきの皮が裂けひろがるかぐわしい香りと、若葉のさわやかなフィトンチッド。自分が鹿だったら喜びいさんで飛びついていただろう。

 この音や匂いまで感じとれるような写真をりたい。それが彼を森に向かわせる理由だ。

 彼が歩を進めるたび、木漏こもきつねいろかみを照らしては、黄色いシャツの背を流れおちていった。


 どれほど歩いたのだろうか。

 彼はそう簡単かんたんにはつかれないので、あまりそういうのを気にかけていないのだ。ただ木のみきして目印めじるしにするピンは、もうほぼ無くなっている。

「……ん?」

 ふと、森の中にキラリとかがやく白いものが見えたような気がした。

 一体なんの光だろうか。少年はそちらへ歩きだした。


「な、なんだ……!?」

 彼は自分の目をうたがった!

 ……それも当然である。なぜなら周囲とは明らかに違う桁外けたはずれに巨大なろうじゅがどっかりとそびえており、その木の又の部分にはまっしろな剣がふかぶかと突き刺さっていたからだ。突然見慣れた日常から切りとられたような、世界のはざに放りだされたような異質な情景。

 しばらく少年はあっにとられて離れたところからその老樹と白い剣をながめていたが、まばたきを二十回ほどしたところでハッと我に返った。

 あわててカメラのシャッターを押す。

「……シオンに見せてやろ」

 少年はカメラを握りしめながら、剣の方に近づいていった。


 剣を見おろす位置まで来ると、さすがにさわってみたい欲が出てくる。

(ちょっとでも動くかなぁ? 勇者のみが抜くことができる選定せんていの剣……なんちゃって)

 そう思いつつつかを握り、力を入れる。すると……


 キュ……スポッ……


「……。」


 なんとも呆気なかった。十五歳が軽く力を入れただけで剣が抜けたのだ。そのあまりの唐突とうとつさに、少年はただ呆然と剣を見ているだけであった。

 と、急に辺りを静けさが包んだ。ついさっきまで聞こえていた、鳥の声や木々のざわめきもやんでいる。

 いぶかしむ少年の頭上から、突然声が降ってきた。


『レオン……』

「サレイ母さん!?」

 少年の名を呼ぶなつかしい母の声。何年経とうとも聞きちがえようがない。

『グラ……を…てて……』

「え?」

『旅立っ…はる……て……』

「聞こえないよ!!」


『……』

 声は沈黙してしまった。そうなると息をひそめて耳をます彼に聞こえるのは、自分の鼓動こどうと頭に血の流れる音だけだ。

「……ねぇ!」

 彼は沈黙に耐えきれず呼びかけた。すると、

 ──今度は視界がうばわれた。


 そこに叩きつけられたのは氷の世界。

 彼は思わずヒュッと息を吸った。

 いや、光景だけだ、寒くはない。

 北極? 南極? 分からないが、生き物は見当たらない。

 代わりに、不思議なモノが伸びている。

 建物……にしては細長く、不自然に途中で横に出っぱって、

 ──まるで、じゅうのような。

(……なんだろう、とても……

 彼の心に反応したか、風景がガラリと変わる。

 巨大な葉と枝を持つ大樹のこずえ。はるか彼方かなたまで見渡せる。あ、これは好きだな、と思ったとたん、また絵が変わる。もう彼の反応を待つこともなく、次々と。

 砂漠。湖。雲の上。草原。荒れ地。森。神社。

 純白の、剣。

(……あ、俺だ、ここだ。戻ってきた)

 そう認識したレオン少年の耳に、ドッ と今まで聞こえなかった森の合奏がっそうが戻ってくる。

「なんなんだよな……?」

 レオンはそう言いながら辺りを見まわし、もう一度剣を見た。

 どこにもかざりはなく、片手でも余裕で振りまわせそうなくらいに軽いが、両手で持てばつかの長さもまるで自分に合わせたようにぴったりしている。

 剣を前にかたむけてみた。太陽の光が剣に反射して、キラキラと輝きあわい金色の光を発している。

「わぁ……」

 その神々こうごうしいまでに純白な剣に、彼は見とれてしまった。でも、さすがに令和の平和な町中を、この剣を持って歩くわけにはいかない。ここに置いて帰るしかなさそうだ。

 老樹に立てかけては写真を撮り、地面に寝かせては写真を撮る。確かにここにうつくしいものがあったのだと、証明するための行為だった。

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