第8話

 一言にアリーナといっても、様々な種類がある。競技場としてのアリーナ、コンサート会場としてのアリーナ、学校の体育館をアリーナと呼ぶこともある。用途によってサイズ変化するアリーナ。今回恢が予想していたものは、体育館ほどの大きさだ。


 ここが警察組織の一部であり、警察官は、柔道や剣道の経験がある者が多いと知っていたからである。


 予想とは、裏切られるためにあるのだろう。友に裏切られることは人生の転換期になりえるが、予想には裏切られたところでそれを受け入れる他ない。


 恢が、走りゆく秋澄を追って着いた先は、見たこともないほど大きなアリーナである。何なら天井は開閉式になっており、アリーナと呼べるのか甚だ疑問に思う。収容人数は、軽く万を超えるだろう。


「あんた達遅いわよ! 未来の名クラウンを待たせるとは良い度胸してるわね。今日の訓練は特段きついわよ!」


「あの、それって私は含まれませんよね」


 運動場のように広いアリーナの中央に居たのは、三人。双子クラウンのメルリとシュック、そして、昨日恢を助けてくれた少女だ。


「うーん、駄目だと思うよ。メルリはこういう時、連帯責任よっていうから」


「もちろん、あなたもよ、橄奈! 連帯責任だからね」


 シャトルランをすると言われた学生の様にうなだれる橄奈は、恢と秋澄とおそろいのジャージを着ていた。ラインはピンクだ。女の子らしい。


 そして、出会って早々大きな声で喝を飛ばすメルリと、気怠そうに寝転ぶシュックは、所々に鳥の羽があしらわれた、いかにもクラウンといった服装に、ストライプのシルクハットをかぶっている。


「なんでシュックとメルリが居るんだ? これから訓練なんだろ。俺はてっきりキルクスさんが教えるもんだと思ってた。」


「ふっ、恢は何にも分かっていないんだね。それは、メルリとシュックが先生だからに決まっているじゃあないか。本当に無知な人と行動するのは疲れるよ」


 無知どうこうの前に、未就学児にしか見えないメルリとシュックが先生であるというのは、受け入れ難い。お遊戯でもするのだろうか。


「おいおい、いくらつまらないお前でもそんな冗談はやめてくれよ。俺はできるだけ早く家に帰りたいんだ」


「冗談じゃあないわ。本当の事よ。私たちは、キルクスからきちんとお願いされてるの。固有魔法を使いこなせるようにしてやってくれってね。次に舐めた口をきいたらただじゃあ置かないわよ。私はスパルタなの」


 にわかには信じがたいが、この場で疑問に思っているのは、恢だけらしい。ほかの二人はすでに準備運動をしている。


「いやいやいや、納得できるわけがないだろ。俺は、キルクスさんに直接教えてもらうんだ!」


 年下に物事を教わる現実に納得がいかない恢は、キルクスの元へ向かうため、アリーナから出ようとする。


「恢さん、それはだめだよ。キルクスも忙しいんだ」


 今まであまりしゃべっていなかったシュックが大きな声で引き留める。


「そんなこと言われても、君たちに教わることは何もないよ」


「うーん、じゃあ恢さん。一度勝負しない? 恢さんが勝ったら行っていいよ」


「勝負なんかしても、俺に何のメリットもないじゃあないか。交渉するなら、対等な条件じゃないとだめだよ」


 年長者として、上手な交渉の仕方を間接的に教えてあげる。大人な対応だ。それに年下をいたぶる趣味はない。


「僕は、何処に行くかまでは、言っていないよ、恢さん。勝負に勝ったら、恢さんが家に帰れるように計らってあげるよ」


「そこまで言うなら仕方ない。勝負の内容は君が決めていいよ。何にする?」


 大人な対応はどこへ行ったのだろうか。まんまと口車に乗せられてしまっている。


「勝負するのは僕じゃあないよ。メルリさ。メルリ、何がいい?」


 てっきり、ここまで交渉してきたシュックか、二人がかりで勝負するのかと思っていた恢だが、女の子であるメルリ一人だけというのは、拍子抜けだ。


「もう、シュックったら、決まっているじゃない。鬼ごっこよ」


 鬼ごっこそれは、鬼から逃げる。ただ単純にそれだけのゲームだ。子供が提案する勝負方法としてはポピュラーなものだろう。


「俺はそれでいいよ」


「恢くん、止めた方がいいよ。分からないだろうけどメルリちゃんは本当に強いんだから」


 それまでオロオロとどっち付かず態度で見ていた橄奈が、恢を止めに入る。


「別に、やらせればいいんじゃあないか。ああいう身の程知らずは、実際に体験しないと分からないんだ」


 にやりと笑った秋澄は、止めに入った橄奈を止める。


「でも……」


 心配そうにしている橄奈だが、それ以上止めに行くことはしない。


「じゃあ、ルールを説明するわ。鬼は私で、恢は三分間逃げ切れば勝ちでいいわ。逃げる方も追いかける方も何でもありでいいわね」


「そのルールだとアンフェアじゃないか?」


 十歳近くの年の差だ。普通のルールでは不公平だろう。ここは、年長者として後でごねられないようにしなければならない。


「あー、そうね。そういえばコントロールできないんだっけ。それじゃあ、私は、右足だけを使うわ。左足は地面につけないから安心して。これでフェアよね」


「そうゆう意味じゃないんだけどな……。まあ、それでいいよ。負けた後でもう一回とか言うなよ」


「当然じゃない。私はクラウンよ!」


 なぜか恢がハンデをもらう形になってしまったが、双方の合意があるため、これでいいのだろう。


「審判は、橄奈さんがお願いね。今のところ中立なのは橄奈さんだけだから」


「早く準備しなさい! 観客のいない余興は最短で結構よ」


 こうして、先生と生徒、教える者と教わる者が決定づけられる三分間の鬼ごっこが始まるのだった。この間柄には、年長者と年少者の関係は関係がない。


 ただ必要なのは、どちらが強者なのかだけだ。

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