第2話
「かーい、かいー、おい!恢!ちゃんと聞いてんのか?」
昼時の騒がしい教室に、一際大きい声が響き渡る。
「ん?なんだっけ?」
一か月ぶりとはいえ、何年もこの大きな声を聞いている恢は、周りのクラスメイトが驚いているのは気にせずに親友との会話を続ける。
「だーかーらー! 振られたんだよ! 後輩に! 酷くないか? あいつにとって俺は一夏の思い出にしかならないのか? 替えの利く男なのか? 夏休みの暇つぶしに使われたのか? こんな恥ずかしいことみんなに知られたくねーよー」
教室中の注目を集めている自覚がないらしい。客観的に見るととても矛盾している言動をしているが、主観的にはとても傷心らしい。
だんだんと目に涙を浮かべ始めた親友を前に、恢は、これまで数えきれないほど慰めてきた経験をまた積み重ねる。
「ドンマイ、お前ならまた新しい出会いがあるよ」
「なんだよー、そんな簡単に諦められるわけないだろー。俺はあいつのこと本気で、マジで、リアルに好きだったんだー! 小学校からの仲だろ、親友だろ、腐れ縁だろ、恢。もっとちゃんと聞いてくれよー」
経験を積んだからといって、慰めるのが上手になるわけではないらしい。それに加えて、今日の恢は、親友の失恋話よりも気になっていることがあり、上の空だ。
「お前なー、何回も同じような話聞いてやっただろ。お前はモテるんだから早く新しい彼女作ればいいじゃん」
「おんなじ話じゃないよー。今回はマジで結婚したいくらい好きだったのに」
現在の彼は、こんなにもなよなよしいが、普段は素直で、実直で、思いやりがある。そのため、女性人気が高く、一か月以上彼女がいなかったことは、恢と出会ってからほとんどない。しかし、どうしてか彼女から告白してきたのにもかかわらず、彼女から別れを切り出されてしまう。そのころには今の彼の様に彼の方が好きになってしまっているので、毎回別れ話を聞く恢にとってはとても厄介だ。
恢には彼女なんてできたことがないのに。
「前の時も結婚したいって言ってただろ。そんなことより俺はいろいろ考えてて忙しいんだよ」
もちろん『パクスサーカス団』についてだ。午前中に行われた始業式の内容はもうすでに忘れてしまっている。まあ、毎年ほとんど同じ内容で、覚えていろという方が難しいのだが。
「かいー、なんでだよー。あっ、さては彼女ができたな! 恢は傷ついている親友を見捨てて自分だけ楽しもうとしてるんだな! この浮気者! 女誑し! 女敵!」
今の彼はこんなに面倒くさいが、恢曰く、根はいいやつなのでここは目をつぶろう。
「お前と違って俺は彼女なんていたことねーよ。それに、お前は彼女じゃないし、女性を弄ばないし、人から奪わない」
「じゃあ、どうしてなんだよ―」
迷子の子供の様に上目遣いで聞いてくる。こう言うところが女性人気につながるのだろう。ギャップというやつだ。
純粋で真っ直ぐに聞かれるとこちらも誠実でなければいけないと思うのが根本恢という人間だ。
「うーん、お前、『パクスサーカス団』って知ってるか?」
あまり期待はしていないが、駄目で元元、聞いてみることにする。
「なんそれしらん」
あっさりと答えられてしまった。やはり期待しなくてよかったと恢は思う。
「あっ、でも、サーカス団ってあのテントが移動するやつだよな」
テントが動くわけではないが、テントを動かしているのは確かだ。『パクスサーカス団』も例外ではないだろう。
「うん、そうだと思うけど」
「それなら、昨日、町はずれですごいでかいテントを見たぞ。その後、彼女に振られたんだー」
最後の情報はいらなかったが、かなり有益なものを得られたようだ。やはり持つべきものは親友だろう。
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