03.そうだとしても、
絶対相手を間違えている。
頭のどこかで冷静な自分がいて、そんなことを考える。
結婚してからは、"妻"であり、子供が産まれてからは"母"を選んできた。娘が大きくなった今現在もそれは同じ。これまで歳を重ねて来て今の自分を誇れるかというと、若干わからなくはなるものの、それでも主婦業をそれなりに頑張ってきた。
では、そういうものを取っ払って一個人として考えた場合はどうかと問われると、外で働く同年代の人たちに比べて自分はどうしても所帯地味ている。例えば同じ主婦であったとしても、わたしはそういう対象になれるような素敵な女性たちとはかけ離れているのだ。
結局どちらの場合であっても適さないふうに思える。やはり何かの間違いだとしか言いようがない。
それともなに? 相手が女だったら誰でもいいとか?
それなら最低だ。
そう思う反面、自然と相手のことを考える。人生、生き急ぎ過ぎているとも思う。そんな早まらなくても、もっといい相手がいるだろう。こんなに顔の造形がいいのだから、もてないわけはないのに……。性格的に問題があるならまあ、仕方ないけど、それを差し置いてもよってくる人は沢山いそうだ。
……もったいない。
頭のすみでそんなことを一瞬考えるが、起こるはずのない、しかし実際に起こっている自分の危機的状況に、どうにか相手を
「そ、そういう相手なら、わたしなんかでなくても、あなたなら探せば沢山いるでしょう!? もしあなたの性格の問題でそういう相手がいないのならそこはちょっと考えを改めて改善した方が良いかとは思いますけど。そ、相談にくらいは乗りますから――」
慌てて
「そういう女なら、掃いて捨てるほどいます」
「じゃあ、なんで」
「先ほども言ったでしょう。……同じ対象を何度も取り逃がす事は、一族の恥だと」
「それってどういう……」
「そのままの意味です。いつもあなたは、すんでのところで逃げられ続けていますし。我が家の失態を、当然ながら他の諸侯らは良く思っていないのです」
何度も逃げられていると言われたけど、そんな記憶もなければ、そもそもこの男性にも初めて会った。身に覚えのない事を言われていることに違和感を感じる。言っている意味もやっぱりわからない。わたしには、彼が支離滅裂で、見当違いなことを言っている風にしか思えなかった。
「それから、あなたたち人間のやり方で子をなすのではありませんよ。
「こちらの?」
怪訝に思い、眉をひそめたわたしに視線を落としたまま彼は続けた。
「……花嫁の血をささげ、その鮮血の中より我が子は死の淵より生を受けるのです。古来より続く我らヴァルカニルの血統は、そうして正しく受け継がれる。それにより、これまでの汚点を払拭し、面目も保てるというものです」
言うが早いか、男性が左手でわたしの手をひとまとめにして固定し、右手で腰のあたりから何かを取り出した。
目の前で銀色に鈍く光る短剣を見て、背筋がぞくりと慄いた。それは迷いなくわたしの首筋へとあてがわれる。
「っ!」
やけに冷たい感触に、まだ少し夢かなんかじゃないかとフワフワと浮いたようだった思考が、やっと現実に着地した。
細かい理屈はわからないが、冗談でも間違いでもなく、目の前の男の目的はわたしなのだ。
「ま、待ってください! 落ち着いて! 一度ちゃんと話し合いましょう!」
男は、「ほう?」と愉快そうに言ってから続けた。
「話し合う? なにを?」
「な、何って、他に方法がないかとか、……と、とにかく、その刃物はしまって下さい!」
「おや、直接嚙みちぎられるほうがお好みで?」
「は?」
噛みちぎる? 今、この人、噛みちぎるって言った?
「私としてもそうしたいのですが、そうしてしまうと目的を果たす前に、あなたを嗜好品にしてしまい、最後の一滴まで飲み下してしまいそうですので」
男の口から覗き見えた牙。八重歯だと言ってしまうにはあまりにも鋭いそれに言葉を失う。
「心配には及びません。痛いのは一瞬ですから」
頭の処理が追いつかない。
逃げ出そうにも、下手に動くと刃物が首に食い込みそうで怖くてできない。
死ぬ時は家族に看取られて死ぬのだと思っていた。できれば事故でなく、病気でもなく、寿命で眠るように死にたいと。
だけど現実は、よくわからない場所で、よくわからない男に、理不尽な理由で殺されて死ぬのだ。
そしてそれは、目の前の男が言うようにきっと一瞬だ。少し力を入れられれば、次の瞬間には痛みとともに血が吹き出し、そして苦しんでやがては絶命するのだろう。
人はいつどうなるかなんてわからない。
不或主婦と異世界の剣士~私、四十にして惑ってます。~(仮 あさぎ🐉 @violethim
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