02.いったいぜんたい、
なにを言ってんだこいつは。
とか、初対面の人にそんな失礼なことを思ってしまったのは、まあ、仕方がない。"別の世界から召喚"、とかわけのわからないことを言ったのだこの人は。
異世界転移、異世界転生。そういう
だけどそういうのの対象は、もう少し若い世代ではないのか? あとは、とても不幸な事故をした人。……とか。
というか、なによりやっぱり言ってることが理解できない。
「あのー、人違いかと思いますよ」
とにかくさっさと帰りたい。そんな思いから、とりあえず相手に話を合わせて穏便に済ませてこの場を去る。という方法を試みてみる。
「なぜ、そう思うのですか?」
真面目な顔で聞き返してきた男性に向け、
「だって、わたしは主婦だし、一応、夫もいます。もうすぐ高校生になる娘だっているのだから、普通はそういうのには当てはまらないですよ」
そう理由を言ってみるけど、
「それは、あなたの世界の決まりごとでしょう。あなたの言う"普通"は、ここでの"普通"ではありません」
と言いきられてしまう。
男性は、椅子から立ち上がり、後ろに回り込むと、わたしの肩にそっと手を置きながら言った。
「それに、あなたで間違いありませんよ。だってほら――」
「っ!」
首筋に顔を寄せられる。
すうっと、息を吸い込む音が聞こえるほどに近い。いったい今、何が起こっているのかわからないまま固まってしまう。
「さっきから、これほどに香りたっていますのに」
言うが早いか、男性は急にわたしのTシャツの首元に手を突っ込んでグッと引っ張った。
「な、なにするんですか!」
「……ああ、やはりありましたか」
反射的に押しのけたけど、男性は「おっと」と言いながら、わたしから素早く離れた。
見ず知らずの人間に、急にそんなことされて平気なわけがない。
相手が男だろうが女だろうが、若かろうが年を取っていようが、そんなことは関係ないし、世の中にはイケメンでも許されないことがあるのだ。
理解が出来ない事態に、不安になって思わずいつもの癖でペンダントの石を握りしめる。
うん、逃げよう。今すぐに。
即座にそう思いつく。
自分自身の身の危険を感じるのだ。ヤバい人を前に、
退路を探す。
こじんまりとした部屋の中央にあるテーブル。その上には並べられたお菓子と、花瓶に生けてある沢山の小さくてかわいい白い花。
テーブルと向かい合わせの椅子以外に、家具はない。
この部屋の出入り口は1つのみらしい。しかもその出入り口は男性の後ろだ。後は、左側に大く開いたカーテン。ガラス窓の先には、ベランダが見える。
……いや。ベランダはないだろう。
ここが何階かもわからないのにそこに逃げ込むにはちょっと危険すぎる。
しかし他に逃げ場がないことは事実で、一か八かで男性の隙をついてベランダまで逃げるしかない。そう思い、視線を正面の男に戻した時だった。
「私から、逃げられるとお思いですか?」
「え……」
即座に詰まった距離。
掴まれた手。
男性の動きはあまりにも素早かった。
いつのまにか、至近距離にその顔があったことに驚いた。
手首を強い力で掴まれ、自分以外のぬるい温度を感じて気持ちが悪い。
「当初はイザナイのノマリムということで、あなたには興味がありましたが……。これまで十分に煮湯を飲まされてきましたし……」
「うわ!?」
いきなり引き寄せられたかと思ったら、男性は左手でテーブルの上に乗った食材を全て払いのけた。
食器が床に落ちて割れる音。
次の瞬間、背中に衝撃が走り息が詰まる。
気づけば、わたしはテーブルの上に仰向けで押し倒されていた。
男の視線が、まるでこちらを値踏みでもしているかのように、わたしの体を上から下へと滑る。
赤い瞳がすっと細まった。
「ザリオンを望んでいましたが、まあ、こうなればモルデュインでもかまいません。なにせ、これ以上取り逃すことは、一族にとっての恥じですからね。……あなたには、予定通り私の子をなしてもらいます」
「…え?」
ところどころわからない単語はあったものの、最後の言葉だけはしっかりと聞き取れた。
この状況は一体何なのか? まさかこの歳になって、自分がこんな危機的状態におちいるなど、誰が考えるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます