第3話 それは、事件にもならない
まったく世の名探偵というのは楽でいい。
私は探偵であり、被害者役で黒幕である。
名探偵などただ推理するだけで役不足も甚だしい。
すべての台本を作るのは本当に骨が折れる。
「物理的に今回は本当に骨折り損ですね」
わが助手はそういう。そう、かの男に刺された際私はあばらを折られている。
刃は届かないよう細工したものの彼の恨みの程度はそれほどに強く衝撃は大きかった。
「は、放せ。何する気だ」
少年は助手に踏みつけにされわめきだした。
「何、最後に一つ口封じをしようとな」
「や、やめ……」
殺されると思ったのだろう少年は目を閉じ悲鳴を上げる。
それと同時にシャッター音が部屋の中に響く。
「女の子の部屋に忍び込んだ少年。何が目的か。この画像が出まわったらあなたはおしまいですね」
助手の少女はいたずらな笑顔でその画像を少年に見せた。
「な、なにを」
「口封じです。これが出まわればあなたは変態の称号を一生背負って生きることになります。社会的にもうおしまいですね」
少年は青ざめる。
「や、やめてくれ」
「ほかに言うことはありませんか?」
「わ、分かった。このことは他言しない。許してくれ」
「よろしい。許してあげます。もし私が着替えでもしていたらあなたを殺してました」
助手は少年の拘束を解くと肩の関節をもとに戻した。
痛みも後遺症も残るまい。このようなことは彼女にとっては簡単なことだ。
「もう事件はない。ここはただの旅館の一室だ」
「いや、殺人未遂は不成立でも殺人予備は成り立つ。いや、銃刀法違反か」
「ただの少年でいればいいものを…… どうやら、死にたいようですね」
もう一度少年にあの画像を見せる。
「い、いや他言はしない。消してくれ。なぜこんな回りくどいことをしたのか知りたいんだ」
「好奇心は猫でも死にますよ?」
少女は画像を拡散しようとスマホの画面に指を置く。
「人を殺したらどうなると思う?」
私は少年に問う。
「そりゃ死刑か無期懲役だろう?」
「馬鹿ですね。一人殺したぐらいなら数年の懲役で済んでしまいますよ」
助手は訂正する。そう、この世界はひどくいびつなのだ。
「なら人を死なせたらどうなる?」
「何が違うんだ?」
「事故で人を死なせる。人を死に追い込む。人を刺す。どれも結果的に人が死ぬ。その時に人はどんな罰を受けるというのか?」
「事故なら数年の実刑か執行猶予。自殺に追い込むくらいじゃ罪にもならない。この世界は命に平等でない」
だからこそ、私は選ばせた。あの男がこの少年の命をどうするか。
命の価値は同じではない。なら罰も同じであっていいはずもない。
「果たして、罪に適した罰とは何なのか」
事件にあった者たちの恨み悲しみは推し量れない。
その者たちの心をいやす罰は本当に存在するのか?
そんなものは事件にもならない。
健全に生きこの世界に生きるものから奪われた日常は事件にもならない。
それは、事件にもならない 氷垣イヌハ @yomisen061
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