第2話 犯人は崩れ落ち

 その少年は犯人を指さし告げる。


「犯人はあなただ」


 ふむ、なかなかに様になっている。

 流石、名探偵役。

 なんでも首を突っ込みたがるは若さゆえのものだろう。それでいい。


 証拠もそろえ、犯人を追い詰める。

 犯人は膝から崩れ落ちる。


「なぜなんですか? なぜ人殺しなんて?」

「アイツがいけないんだ。あいつが……」


 少年探偵はそう問い詰めた。

 やれやれ、そのようなこと誰が気にしよう。

 恨みにしろ物取りにしろ悪事に同情の余地はない。


「それは違うぞ少年よ。誰も死んでなどいない。これは事件にはならないのだから」


 仕方なく私が声をかける。

 その言葉に旅館の食堂に集められた関係者たちはぎょっとした表情を浮かべた。


「誰も死んではいないし、殺されてもいないのだからな」


 私の姿を見た犯人の男はひどく狼狽している。

 名探偵をかって出た少年に至っては幽霊でも見たような顔で私を見つめる。


 そう、私は別に死んでなどいない。

 被害者たる私の登場に旅館にいた誰もがひどく驚いている。


「はいはい、お疲れさまでした。サプライズはどうでしたでしょうか?」


 我が助手の少女は食堂の上座に躍り出て皆に告げる。

 そうこれはすべて私の台本。

 今宵のこれは、事件にはならない。これらはすべて演技である。


「華麗なる推理劇、ご苦労様でした。このように被害者はいません。もちろん誰も死んではいませんし、殺されてもいません」


 我が助手は皆にそうアピールを続ける。

 我が助手にフォローされ推理劇を演じた旅館にたまたま居合わせただけの少年。

 彼はぽかんとした表情で私と犯人の男を交互に見ている。


「誰も死ななくてよかったですね?」


 そう言いながら犯人の男の肩を叩きねぎらった。

 

「何かがおかしい。何かが……」


 少年は一人腕を組み考える。

 そして、行動に移った。



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 旅館の一室にて。

 男たちが会話をしている。


「どうしてここにいるかわかりますよね?」


 少女の声も聞こえる。

 何を話してるのかは想像がついた。


「もう何が何なのかわからない。なぜ生きている……」

「人はちょっと刺されたぐらいでは死にません。これは立派な犯罪ですよ?」

「ゆ、許せなかったんだ。あの人にあんなひどいことをしていたお前が」


 男は被害者役の男性をにらみつける。


「ああ、人違いですよ? このひとはただの探偵」

「な、なんで。じゃあ俺が殺そうとした男はどこに……」


 犯人役の男。いや、真犯人はそう言ってうなだれる。

 そう、あの事件は旅館のサプライズの催しではなかった。

 少女が最後に言った言葉。


「誰も死ななくてよかったですね」


 この言葉を演者にわざわざ言う意味が分からない。

 何かがおかしいと思っていた。だから、これは事件だ。


「それで、あなたはわざわざ女の子の部屋に忍び込んだというのですか?」


 ともに推理劇を演じた少女が見下ろしてくる。

 事件の発見者と探偵役を買って出ることになった俺はその視線に強い口調で答える。


「これは犯罪だ。本物の殺人事件。いや、その未遂事件だ」

「そうです。我々はある人物への恨みを晴らしたいという依頼人の指示でこの人に殺させるわけにもいかずこうしました。この人はただの探偵。悪人ではありますが」

「おやおや、探偵役はもう終わりだぞ少年よ。ここからは事件にはならない」


 そう言って被害者だった男。いや、探偵。

 事件の黒幕は笑う。


「で、どうしましょう?」


 被害者、探偵、黒幕。すべての役を演じた男。奴はそう言い犯人に問う。


「どうしましょうとは?」

「ふふ、感の悪い人ですね。口を封じないのかと聞いています」

「ま、まさか殺せというのか?」

「そうそうこれはお返ししないとでしたね」


 そう言って少女は犯人に使われたナイフを渡す。

 そう、このままだと探偵役の俺は殺される。


「い、いやだ。そんなひどいことできない」

「何が違うのですか? 悪人だと思い殺そうとしたのと口封じに哀れな少年を殺すのと」

「違うだろこの子は悪人じゃない」


 犯人と少女は言い争う。部屋の外に聞こえそうだがあいにくとほかの宿泊者はみな食堂にいる。バレることはまずない。


「や、やめろ」


 俺は思わず命乞いをする。しかし少女はにたりと笑い俺の肩を外した。

 痛みに声が出ない。


「少し黙っていてくれます? 死にたいんですか?」


 少女は小さく俺の耳元でささやく。


「ここにいるものの口を封じさえすればもうこれは事件にならない。我々は依頼人の願いで真の恨み人には報いを与える。こっちも危ない橋を渡っている。他言はしない。だがこの少年の口を封じねば、あなたは無駄につかまって終わりだ」

「ふふ、何が違うんですか? 残っているでしょう? 肉を貫き骨を削る。人を殺すあの感触が……」


 少女は男にナイフを握らせ耳元で蠱惑的なささやきをする。


「い、いやだ。許してくれ」


 それに男は嫌がり恐れる。その言い分に腹が立った。


「ふざけるな、ごめんで済んだら警察がいるか」


 思わずそう言っていた。探偵の男が笑う。


「いいことを言う。ごめんですめばいいのだろう? ならこうしよう。刺されたのは私だ。すべて許そう」

「ど、どういう意味ですか?」

「被害者が許すといっているのです。もうこれは事件にならない」


 少女は言う。


「誰も死んでないし殺されていない。あなたは誰も殺していない。誰も殺されてもいない。第一、許された。被害者がもういない。だから、あなたは犯人じゃない」

「被害者がいないのなら事件ではない。ここにいる意味もあるまい。おかえり願おう」


 探偵はそう笑う。

 男は戸惑いつつも強引に少女の手で部屋を追い出された。

 部屋に残るのは俺と探偵。そして助手の少女だけだった。


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