6、アクシデントはバスの中

 バスに揺られて数分間。


 知らない世界が広がっていた。


 新しい景色が視界に入るたびに楽しい。


 車内に流れるメロディはきっとフィンランド語で、まわりから聞こえる話し声さえ子守唄に聞こえた。


 そういえば、フィンランドを含むデンマーク、スウェーデン、ベルギーの4つの国の中でだいたい言語は似てるけどフィンランドだけ別物のようで難しいと聞いたことがある。


 とても心地の良い空間だったことは間違いない。


 途中で運転手さんの叫び声が聞こえ、バスが急ブレーキをかけて勢いよく止まった。


 それまで穏やかな空間が一変した瞬間だった。


 後ろで高校生くらいの女の子が椅子から落ちた音と悲鳴が聞こえた。


 振り返ったとき、女の子は倒れていて、額から血を流していた。


 え、どうしよう……といきなり怯えたものだけど、次の瞬間、近くにいた人たちが大丈夫?と彼女を支え、起こしたところだった。


 なにか、ティッシュか絆創膏のようなものはないか。


 周りの人間がそれぞれの鞄をゴソゴソし始め、わたしもその空気に乗ってあわててティッシュを取りだした。


 友人の子どもがくれた、プリキュアのポケットティッシュだった。


 すさまじく恥ずかしい気もしたけど、何人の人かがハンカチを差し出している中、わたしもプリキュアを差し出してみた。


 かわいい!と笑ってもらえ、ちょっと場の空気が和んだような気がしてほっとした。


 みんなが一斉に立ち上がってピンチの人を助けた。


 フィンランドの人って優しいんだな、と再び走り始めたバスに揺られ、心が温かくなった。


 日本人もとても優しいと思うけど、初めて訪れたこの国はとても印象が良くて嬉しかった。


 もちろんその後、わたしは聞き取れていなかったけど、途中で病院前にバスが停車したらしく、頭を押さえた女の子が何人かに付き添ってもらい、バスを降りて行った。


 ありがとね、と片手にプリキュアのティッシュを持って。


 友人の子どもにわたしもお礼を言わないといけないな、とこっそり思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る