2、道に迷って国を出た
初めて勤めた先は超がつくほどのブラック企業だった。
朝早く夜は終電まで働き、休みはほとんどない。体育会系企業を目指すというその会社は上司に『ザッス』と敬礼のような挨拶をする。そんな職場だった。
ちなみに『ザッス』とは、『おはようございます』も『ありがとうございます』と兼ねている便利な言葉だ。
しかしながら略せばいいってもんじゃない。
異様な環境だったものの社会人初心者にはこれが社会人というものなのかと思うしかなかった。
徐々に倒れる同期や表情を失いやめていく先輩たち、突然増える中途採用の後輩たち。
自身も体調が悪くなったとき、初めて危機感を覚え、『石の上にも三年』ということばに反して二年と少しで退社を決めることとなった。
就職をしたら生涯同じ会社で最後まで働き続けるものだと思っていたし、学生時代の友人たちは変わらず前を向き続けている。
希望いっぱいの話を聞くたびに自分は人と同じことができないのではないかと初めての挫折、というより絶望感を味わった。
少しずつ毎日の景色が色を失っていった。
絶望的だった思う。
だからこそ早く気付けて離脱できたことは幸いだった。
それからあとは先のことも考えず、本当に自分の好きなように暮らした。
無理をしない。それがモットーだった。
好きなときに働いて、好きな時に海外へふらっと遊びに行って。
世界の色は変わらず灰色のままだったけど、無性になにかしなくてはいけない気がして、いつもなにかを目標にしてただただ走り続けた。
再び立ち止まってしまったのは、アラサーと呼ばれる年齢に差し掛かったとき。
当時、契約社員として働いていたわたしに正規雇用のお話がやってきたのだ。
もっと自由に生きていきたい。
そう思う気持ちはあったけど、同時にこのままでいいのだろうか?そういった考えがちらりと脳内に浮かぶことが増えた。
理由はまわりの友人がどんどん家庭や社会的地位を持ち始めたり、妹までも嫁いで行ってしまったことだったのだと思う。
特に結婚願望があったわけではないけど、なんだかおいて行かれた気がした。
わたしは何者なんだろう?
そう思ったとき、前へ進めなくなった。
立ち止まったことがなかったから、いざ動けなくなるとその対処法がわからなかった。
正規雇用の試験を受けてみることになる。
会社自体は悪くない。
人は優しいしコンプライアンスに守られていて、労働時間にもしっかりしている。
断る理由がなかった。
一度目のトラウマからか、いつも先のことまで想像して勝手に不安と葛藤していた。
考えが煮え切らないうちに試験の合格が決まり、雇用が切り替わるまでの間、残された有給消化を行うこととなった。
土日を含めて5連休とれる週があった。
何をしようか?
家にいても寝て過ごすだけだろうから実家に帰ろうか。
それとも、旅行にでも行こうか。
でもどこに?
いろいろ考えてもかつてのように旅行という響きにわくわくできなくなったのは、自分自身が道に迷っているからか。
この際だからゆったり静かなところへ行こう。そう思った。
自分だけの空間でぼーっと過ごそう。
そんな五日間はなかなか魅力的だ。
そこからの旅行選びはなかなか楽しかったのを覚えている。
五日間だからあまり遠くへはいけない。
とはいえ、暑いのは苦手だから涼しいところへいきたい。
そんな都合のいい国なんてあるものなのか?
そんな理想を叶えてくれるのが、フィンランドという国だった。
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