11、かもめ食堂
かもめ食堂は住宅街の中の、本当にわかりにくいところにあった。
どの道もくねくねしていてとてもよく似ている。
迷宮入りしてしまったのではないかとハラハラドキドキした。
実はその間に、空港バスで一緒だった男の子と何度かすれ違った。
もしかしてこの子もかもめ食堂に向かってるのでは?などと思ったし、絶対お互い日本人同士だとわかっていた気もするけど、残念ながらシャイな日本人同士。
結局声がかけられず、かもめ食堂でわたしがようやく夕食にありつけたとき、彼も入ってきて会釈を交わしたものだった。
かもめ食堂は映画をもとに少し前に建てられたのだとガイドブックに載っていた。
店内には出演俳優さんの写真やサインも飾ってあった。
映画のかもめ食堂より広めで、奥の方にカウンターがあるのでサチエさんと向かい合ってご飯を楽しめる、というようなシチュエーションではなかったけど、向かい合ってたら気まずくて仕方がなかっただろうなと静かに案内された席についた。
お店のほとんどのお客さんは日本人だった。こんなにも日本人は実は来てたんだ、と思うのと同時にかもめ食堂の影響力の大きさにとても驚いた。
もうひとつ驚いたのは、料金がめちゃくちゃ高かったこと。
みんなが食べているお弁当のようなセット料理を注文したら軽く五千円を超していたこと。後から知ったけど、フィンランドは物価や外食が高いそう。(ユーロですしね)
朝まで食べていた日本食という表現はいささか不思議に感じるけれど、出国前は必ず『ザ・日本食』を食べてくるわたしはその日の朝も日本食を食べたのに、もうすでに和食というものを懐かしく感じていた。
そして、朝ぶりで違和感のあるお豆腐を堪能することとなった。
面白かったのは、レモンジュース。
紫色の飲み物が出てきたし、堂々と主張するかのようにブルーベリーが浮いていた。
勝手ながらイメージにあった黄色みが一切なく、全く持ってレモン感がない。
加えてブルーベリーの主張はそれだけではなかった。
サラダの中にも姿を表したし、もう目を疑うしかなかったのは、メインディッシュの肉団子にブルーベリージャムがかかっていたこと。
え?隠し味?と思ったけど、さすがに肉団子とブルーベリーは相性は微妙で、なんて斬新かつ面白い料理なんだと写真におさめたものだ。
その数年後、近所にできたIKEAにて再会を遂げることとなる。
そのあとは予想通りのブルーベリーのケーキのデザートなど、ありとあらゆるところにブルーベリーが存在していて不覚にも笑ってしまった。
デザートを食べていたとき、遅れてすみません!と日本人っぽい女の子がバイトにやってきた。
絶対日本の子だよね?と思ってみていたら、『日本の方ですか?』と向こうから声をかけてくれた。
女の子は大学で絵を学びながらこのかもめ食堂でアルバイトをしているのだという。
おすすめスポットや彼女のヘルシンキの出来事などを教えて貰い、楽しい時間は続いた。
いつの間にか時計は夜の八時を回っていたので、そろそろ帰ることにした。
とても不思議で面白い出会いだったなぁと外に出て、刺すような風と極寒の空気に思わず悲鳴が漏れた。
あとから中央駅に戻り、そこにある大きな電光時計がマイナスの気温を指していた。
十月にマイナス。そりゃ寒いわけだ。
帰りは迷うかと心配していたけど、だいたいこっち方面だろうと長年培ったなんとなくの勘は的中し、まったくもって次来てもこの道わからないだろうな、などとと思いつつ、早く帰りたい一心で震えながら無心に歩き、無事中央駅にたどり着き、帰路についた。
風は冷たかったけど、おかげであたまがすっきりしたように思えた。
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