10、ヘンデルとグレーテル方式で歩こう

 わたしは結構地図に強いタイプである。


 一度見た地図は結構頭に入るし、地理も得意な方だ。でもそれにはコツがあった。


 特徴的な土地名や建物を把握して、感覚でなんとなく方角がわかるため、ぱっと目印を探し、目的地へ向かうことができる。


 その感覚は合っていることがほとんどなのだけど、フィンランドでは通用しなかった。


 そもそも文字が検討さえつかない。


 ひとつの単語がぐんと長いのだ。


 これがひとつの単語!?と思えるくらいに。


 結局、頭文字を頼りにすることさえ諦め、スウェーデン語(こちらの方がまだわかりやすい)を頼りに歩くことになるのはのちほどのお話。


 ヘルシンキ中央駅を背に、海辺に向かって歩き出した。


 特徴的な文字がわからないと地図が読めない。多分ここだろうと思うところに赤いマーカーで小さく丸をしておいた。


 まっすぐ歩いてきているだけだし、戻りたければ引き返すだけだけど、かもめ食堂やあちこち行ってみたい願望のあるわたしは、思い気の向くのまま自由に歩き続けたら迷ってしまいそうだなと危機感を覚え、あちこち記念も兼ねて写真に収めることにした。


 帰りに道に迷ったらこの写真を見返して同じ景色をたどって帰ろう!


 まさに『ヘンデルとグレーテル方式』だ!と自画自賛した。


 が、歩き始めてすぐに事態は一変。


 お空が夜を運んできた。


 要するに、いきなり暗くなってしまったのである。


 え?早くない?と思ったけど、ヘルシンキの秋の日の沈むのはとても早いのだとその日の夜、ガイドブックを読み返して知った。


 その反対に夏場は目と頭を疑うほど日の入りが遅く、夜中でも明るいので違和感この上なくて夏は夏で面白い。


 またこのお話も語りたいものだ。


 とはいえ、わたしは震えあがった。


 これでは写真を見返しても全然その景色がわからないのである。


 しかも中央駅から離れて歩き続けるとどんどん明かりが少なくなっている気がした。


 住宅街に入ったからだ。


 ヘンデルが目印のために落として行ったパンを小鳥に食べられたときの心境が、勝手ながらなんとなくわかった。


 レンタサイクルがあちこちに見えるもののわたしの街ではこの頃はまだ普及していなかったため、これまた乗る勇気もなく、写真だけ撮って再び歩き続けることとなった。


 どんどん空が色を濃くしていく中で、意地でもかもめ食堂にはいってやる!と強く感じた。


 弱気だったわたしにとって久しぶりに良い刺激だったように思う。

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