第3話「人間の皆々様、初めまして」

「合格……しちゃってたんだ」


 『New Tale』に送付した応募用動画は、礼ちゃんもよく配信でやっている FPSを実況プレイしてみたものと、礼ちゃんの親友である吾妻あづま夢結ゆゆさんが台本を用意してくれたボイスドラマ、その両方を合わせたものとなった。


 当初は実況プレイとボイスドラマどちらか片方の予定だったのだけど、欲張りな礼ちゃんが『合わせちゃおっか!』と無茶振りをし、姉妹で創作活動をされているらしい夢結さんが知識と経験を総動員して無茶振りに応えて台本を書いてくれたのだ。


 多忙な二人が一生懸命手伝ってくれたのだからもちろん僕も本気で取り組んだけれど、この時点ではまだ『きっと受からないだろうな』という考えは変わっていなかった。絶対に狭き門なのだから、通れるわけないと確信していた。


 その確信が間違いだったと示されたのは、動画を送って数日後だった。選考通過のメッセージが届いた。


 礼ちゃんと夢結さんの協力で動画はいい仕上がりになっていたから、動画選考を突破できたのはきっとそのおかげだろう。そう思いながら『New Tale』のビルで行なわれた面接選考の三日後、合格通知が届いた。


 もうなにがなんだかわからない。こんなことがあるんだなあ、とどこか他人事のような感想が頭に浮かんだ。


 合格を祝して礼ちゃんと夢結さんが簡単なパーティを催してくれた。お祝いしてくれるのはもちろん嬉しいけれど、動画が完成した時、書類選考と動画選考を通過した時にもお祝いをしていたので、これで三回目だ。さすがに、お祝いしすぎである。嬉しいけれども。


 計三度目のお祝いをしてからの日々は、とても慌ただしく過ぎていった。


 Vtuberとしての姿についての設定の擦り合わせ、配信においての注意事項、実際に配信する際の手順や段取り、PCについても配信用のソフトの習熟など、やらなければいけないことは多岐にわたった。


 デビューに向けて準備を進めていく中、細々とした手隙の時間を使って配信者の世界、Vtuberの世界をリサーチしていった。人気のある人がどのように配信しているのか、視聴者ではなく同業者としての視点で調査するわけだ。


 Vtuberをやり始めるきっかけになったのは礼ちゃんだったとしても、最終的にやることを決めたのは僕自身。やると決めた以上、わざわざ時間を割いて視聴してくれる人たちに楽しんでもらえるような娯楽を提供したい。やるからには全力を傾けるのである。


 見聞を広めるためにいろんな配信者さんを観に行くようになったある日、とある配信者さんが目に留まった。Vtuberの事務所などには所属せずに個人で活動している女性だった。


 その女性Vtuberさんはコラボ配信をする比率が多い人だった。配信の中で妙な引っ掛かりを覚えた僕は、その女性のSNSまで足を運んだ。


 彼女のSNSに目を通していく中で、僕は最初に引っかかったことへのアンサーを発見した。確認のためにその線を辿って調べてみると、確たる証拠とまではいかないが推測を補強する程度の情報は収集できた。


 彼女を応援しているファンの反応はどうなのか気になり、Vtuber関連の情報をまとめているサイトも覗いてみた。数こそそれほど多くない。だが話題に上げている人はちらほら見受けられた。


 僕の取り越し苦労ならいいけれど、今後もし、彼女の問題点が指摘されてここから騒動に発展したら。最悪の場合、火の粉がどこまで飛散するかは想像がつかない。


「…………まずは、事務所の人と相談。そこからは情報収集、かな」


 影響を及ぼす範囲がどこまで広がるか想像がつかないことだし、事前に少しばかり動いておこう。なに、予想と違っていても僕が気にし過ぎていたってことで笑い話になるだけだ。




 *




「…………」


 『New Tale』の面接から、おおよそ二ヶ月ちょっとが経過した今日この日、デビューとあいなった。


 お披露目の方法については事務所のスタッフさんたちとの話し合いの末、デビュー配信においては先輩にあたる三期生の方々と同じように、リレーのようにバトンを渡していく形が取られた。


 一期生の先輩方はそうでもないけれど、それ以降の二期生三期生の諸先輩方と同様に、四期生にも外見的な意味で大まかなキャラ付けがされている。ヴィジュアルという共通点でしかないが、王道ファンタジーというか、定番のRPGのような見た目だ。


 今回のリレー配信の先鋒を担った快活で明るい印象のアイナ・アールグレーンさんは、どことなく幼さを残しているものの見るからに女戦士というような風貌をしていた。溌剌はつらつとした声で楽しそうにリスナーさんたちとやり取りをしていた。聴いているだけで元気を分けてもらえそうだ。情熱的な赤色のミディアムボブの髪が、活発な彼女の印象ととてもマッチしていた。


 二番手はイヴ・イーリイさん。清廉にして純朴、僧侶なのか修道女なのかわからないが修道服を身に纏った儚げな第一印象──を易々と貫通する男性顔負けな低めの格好いいハスキーボイスと、隠し切れない気性の荒さが滲み出ている人だった。親しみやすいフランクな言動故か、デビュー配信の段階ですでにヤンキーシスターや不良僧侶などと呼ばれていたのは失笑してしまった。ベールの下から広がり、腰に届くほど長い白銀の髪はとても綺麗だけれど、それはベールの内にまとめなくていいものなのだろうか。


 三番手はウィレミナ・ウォーカーさん。てっぺんが尖っていてつばが異常に広い真っ黒な帽子を被っていなければ魔法使いとわからないくらいお洒落な見た目をした魔法使いだった。眠そうに半開きの瞳と小さな口が小動物のようで愛らしい。ゆったりとしていて落ち着いた声音は耳に心地良く感じた。癖なのか、リスナーからの質問で理解できなかった時にする小首を傾げる動作で、柔らかそうなミディアムの青髪がふわりと揺れるところにこだわりを感じた。


 四番目に配信したのは踊り子を意識しているらしいエリーゼ・エスマルヒさん。表現に困るけれど扇情的というか挑戦的な衣装を着ている方だった。そんな衣装を身に纏っているのだから性格も相当に大胆な人なのだろうと僕はイメージしていたのだけれど、しかし蓋を開ければ予想を完全に裏切ってお淑やかで恥ずかしがり屋の女性だった。曰く、人見知りを克服したいがためにあえて派手なお洋服をきているのだとか。努力は賞賛に値するけれど、だとしても、もう少しやりようはあっただろうに。


「……さて、と」


 そうしてエスマルヒさんが配信を終了したのがついさっき。とうとう僕の出番となる。


 配信に使われるアプリケーション内のボタンをクリックし、配信を開始する。


 さて、処刑台へと歩みを進めるとしよう。


 僕のVtuber活動の第一歩ならぬ、第一声だ。


「人間の皆々様、初めまして。ジン・ラースと申します。お見知り置きを」


 ジン・ラース。


 それが僕のヴァーチャルの姿の名前だ。


 ざわつくコメント欄を思考から排除し、すでに考えておいた自己紹介を口から垂れ流す。


 その間暇なので、もう何度もじっくり見たと言うのにまるで飽きる気配のないくらい出来のいい立ち姿を再度眺めておこう。


 ぱっと見た感じはスーツ姿の青年だ。ネクタイピンに煌めく宝石のような赤の装飾がそうさせるのか、まっとうな社会人のような服装なのに、なぜか悪役感が醸し出されている。


 髪はスパイラルパーマがかかった重め長めの艶のある黒のマッシュヘア。男にしては長い睫毛をしているがそれらは上下が合わされている。細目とか糸目とか以前に目をつぶっていた。口元はかすかに口角が上がっており、腹で何を考えているのか読めない食わせ者っぽさがある。不健康一歩手前くらいの色白で長身痩躯の姿だ。


 ここまでなら普通の人間のようだが、一言目から『人間の皆々様』と口にしているだけあって人間ではない。


 頭からは赤黒く禍々しい角が伸びていて、耳は長く尖っている。スーツがどうなっているのか心配だが、背中からはおどろおどろしい翼が広がり、尾骨の部位あたりから蛇が蛇行しているかのように尻尾が揺れている。


 ジン・ラースは悪魔である。


 先にデビューの挨拶をした四人が正義の味方な主人公サイドだとしたら、ジン・ラースは人間にあだなす悪の陣営サイド、その幹部のような印象だ。ちなみに主役級の勇者と魔王はいない模様。


 このシックで格好いいヴァーチャルの姿を作ってくれたのは、人気も実力も実績もあるイラストレーターの小豆真希さん。なんと面接にも同席していた方だ。


 合格が決まってから再び『New Tale』の事務所でお会いしてお話をしたけれど、なんでも初めてVtuberのイラストを手掛けるから演じる人にあったキャラクターにしたかったのだとか。敬服すべきプロ意識である。


 それなのに。


 このようなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。


 一息に喋り終えた挨拶の後、コメント欄は大雨が降った後の川のような勢いで大量のコメントが流れていた。


〈は?〉

〈消えろ〉

〈今すぐやめろ〉

〈男がかかわんなや〉

〈はークソ〉

〈ありえねー〉

〈New Taleなにやってんだ〉

〈ふざけんなぼけ〉

〈失せろ〉

〈最悪だわ〉

〈あの二人の二の舞ですねこれ〉

〈頭おかしいんか〉

〈Vtuberやめろ〉

〈ごみくそ〉

〈出会い厨おつ消え失せろ〉


 口に出すのも憚られるようなコメントがボキャブラリー豊かにコメント欄に投稿されている。いっそ感心してしまうほどの語彙力だ。


 多少は騒がれることは避けられないが、デビューのタイミングさえ違えば無難にやり過ごすことができたかもしれない。しかし、結果としては考えられる限りおよそ最悪のタイミングになってしまった。


 ここまで事態が悪化してしまったのは本当につい最近のことだ。デビューを延期させることも検討されたが、すでに『New Tale』から新人が五人デビューしますと発表された後だった。


 これまでのデビューの流れとこれからのプランを考えると安易に延期という手は取れなかった。それならばと出来得るだけの手は尽くしたが、それらも今の惨状を見るにどれほど効果があったかわからない。


 事ここに至ってしまえば、もうあまり関係のない話だ。


 どんな状態であろうと配信するというのは『New Tale』の人たちとも話し合って決めたことだ。誠心誠意、初配信をこなし切ることが今回の目標である。


「…………っ」


 大量に流れる酷い言葉の中にあった励ましのコメントを見つけて、ふと礼ちゃんの顔がぎった。


 配信の準備をする前にリビングで礼ちゃんが投げかけてくれた『初配信がんばってね』というエールと笑顔。


「はい、応援ありがとうございます。……頑張りますね」


 できることなら。


 その期待を裏切りたくはなかったけれど。

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